軽くした!
レシピブログのブログパーツを外しました!
それをはずせば。。。多少は軽くなりますね。
重くてごめんね。
画像の量は極力減らそうと努力してます。
以上、
作者より。。。
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それをはずせば。。。多少は軽くなりますね。
重くてごめんね。
画像の量は極力減らそうと努力してます。
以上、
作者より。。。
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http://www.japan-rice.com/yosou2009.html
上に、米の作況予想が出ているが。。。読んでみるとわかるとおり。。。大変いい加減でござるな。
ここから、何を読み取るのか?というのは素人にはわからない。
だが、この要所を取り出して、勝手に「不良」と言いふらすのはやめてほしいものである。
このおかげで、小さな米が不人気になったのでは、こまったもの。
とある米の擁護としか考えられないと思ってしまうのでござるな。
http://www.japan-rice.com/news.html
いま、ここに出ている価格のように。。。下方修正ばかりが目立つことになる。こうなったら困るのは農家ばかりでござるよ。。。発売する前から。。。あーーー、とうなだれてしまう。これでどこぞの米が高い値段で売っていたら腹が立って仕方ない。。。そっちも大幅下方修正するべきでござるよ。。。
悪いけど。。。九州の新米が早いうちに。。。入ってきたが、沖縄のひとめぼれは。。。かなり良好、そして、ここのニュースであーだのこーだのと言われてきた「宮崎コシヒカリ」は、言われている以上に良好!
食べて評価している連中がおかしい。。。と思う。数値データに踊らされているだけでござるな。
うちの炊飯器では。。。「おいしくない!」なんて家電メーカーを守るようなことすらやめてほしい。
米は。。。他人力でなく、自分で調理する。
そこを。。。もっと推進して欲しいものでござるな。
食べ物で。。。米ほど「自身の手のかかっていない」調理物はないのでは?
と、週明け早々に。。。ストレス解消!
さ、今日も。。。頑張って米炊くでござるよ!
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特に、レシピには関係ないので、つぶやきだと思っていただいて。。。。
スーパーで木綿豆腐。。。を探すと。。。ほぼ「ソフト木綿」で、何につかうのか?と考える。
きぬごし。。。を探すよりも「充填豆腐」が多いので、やわらかい豆腐はみんなそんな感じ。
となると、炒め物に。。。ということで、
このあいだ、「ちゃんぷるー豆腐」なんてものを見かけた。。。。
昔ながらの。。。。木綿豆腐であり、やればできるじゃん!と思ったのでござったが、
「ちゃんぷるー」と書いているから、ゴーヤが売れないと、数が減らない。
このちゃんぷるー豆腐は、拙者が最近気になっている企業の製品で、味はなかなか良いほうでござるな。
と。。。そこまでは良しとして、炒め物に。。。木綿を使えば、と言うのは。。。。とある脅迫なのでは?と。。。最近思った。。。。のでござった。
拙者の家では、ずっと麻婆豆腐であっても「ぷるぷるの絹ごしやくみ上げやおぼろ豆腐やら」であり、木綿豆腐は「やっこ」でいただく。。。ものでござった。
なにがどう違うのか?
箸でつまんで食べるには。。。木綿だからだったのであり、きぬごしは、箸でつついて崩して遊び出すから「食べ物で遊ぶなどもってのほか!」ということで、「木綿豆腐」がやっこになった。
そうなると。。。つまらぬ味の「木綿豆腐」では、食卓には出てこない。。。ことから、木綿豆腐へのこだわりは。。。おそろしく敏感になり、地元でも1件だけ。。。しか買わなかったのでござった。。。
やわらかい豆腐は、どこを買っても。。。それほどの変化がなかったので、適当に買っていたようでござるが、「男前」が出たあたりで。。。やけに、家に常備する率が高くなっていた。。。。のは記憶にある。
ところが。。。料理にすると。。。うちの味に合わないので、いつのまにか?やわらかい豆腐が「やっこ」になり、木綿豆腐は「おいしい店が潰れたので。。。」ということで、逆転してしまった。。。。
おもしろいものでござる。
そんなころから。。。拙者自身が疑問に思って。。。買い物に出回ることになって、豆腐探しをしていたら。。。地元に「すさまじい」豆腐を作っている店があって。。。ということで出会ったのがきっかけでござるが。。。母はいないので、「その評価は」わからないままでござるな。
拙者の家の味は。。。全て「母親」が仕切っていたので、「母親」が「うん」と頷かなければ。。。「食べ物として」「味として」認められないものだった。。。うちにいる「魯山人」のような存在で。。。拙者が買い物に行ってからも。。。ほとんどが却下。。。。
いやーーー、大変でござるよ。。。。
さて、そんな母親が。。。こだわりにこだわった結果生まれた拙者の家の「麻婆豆腐」はぜったいに柔らかい豆腐でないと引き出せないものであり、この合わせ具合は。。。絶妙である。というのも。。。豆腐の味を「けっこう知り尽くして」いたようで、豆腐のおいしい瞬間を見極めて「鍋に」入れるので。。。。拙者のような「にわか」台所人など。。。手を出せない世界なのでござるな。。。この麻婆豆腐はレシピをもらったが、同じ味は作れない。すべてタイミングが神業なのでござるな。。。
ま、再現しようとは思わないが。。。豆腐の投入タイミングは。。。なんとなくわかった。。。ということで、味噌汁に応用しているというところでござる。炒め物、和え物に豆腐を入れて。。。「がらがら」かき混ぜすぎているのは。。。豆腐そのものを「わかって」いない人であり。。。豆腐とじっくり向き合えば。。。なんてことはないのでござるな。
チャンプルー豆腐も。。。あれはかき混ぜすぎなのでは?
と、実は思っているところで。。。かき混ぜて「ごしゃごしゃ」にするやり方もあるが、ごしゃごしゃに。。。するならば。。。「木綿」豆腐を使うのが良いでござろうが。。。もともと「ごしゃごしゃ」だったものを「せっかく」固めた木綿豆腐に。。。固まる前に戻れ。。。というのも。。。。「残酷」な話であり。。。。
豆腐料理。。。よーーーく考えてみると。。。実に奥が深く、そして、豆腐の味というのが、一通りでなく、食べる側の「知識」と「謙虚さ」によって。。。幾通りにも食べ方など現れるモノでござるな。。。そう意味での「道」というのは。。。なかなか「暇をみつけて」よく考えられたモノだな。。。と感心するのでござった。。。。
食べ物は。。。じっくり向き合えば。。。けっこう。。。見えてくるモノであり、レシピ集に縛られている人たちには。。。ま、理解できない世界でござろう。。。
やわらかすぎる「きぬごし」も考え物だが。。。その中に。。。おいしさが隠れていたら。。。しばらく付き合って。。。固まるまで待ってみようか?という気長さが。。。おいしい豆腐屋を発見する「こつ」になっているようでもあるでござるな。。。
いやーーー
というより。。。。どのタイミングで。。。豆腐を入れたら良いのか?それが書いてないではないか。。。とおっしゃるが。。。「レシピ」としていないので、各人で好きなタイミングを探してみてくだされ。。。味というのは、その味を味わったからと言って「鍛えられる」ものではないのである。。。というのが「最近、わかった一つの事柄」でござる。
味を勉強しようと思ったら。。。まずは、「枯渇」を知ること。。。
わかるでござるかな?
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今週のピタゴラスイッチミニでアルゴリズム体操にかわいらしいロボットが!
今日も見られるかな〜とにらみつけていたが、土曜日のロングではふたりだった。
さて、ふらりと・・・用事があり、写真の地区に来たが、良い結果を得られず。。。
B級グルメと言う言葉が生まれたのが、なぜかと悩んでいたが(名付け親が彼だから、まー仕方なし)。。。。ここで用事を済ませてわかった!B級とは「おいしい」と言う言葉から離れたところにあるようでござるな。
みなさまは、わかって使っているのだろうか・・・
さあ、もどるよ!
携帯より
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新たな、ブログパーツを。。。と思って貼ってから、具合を見ていたら。。。
映らない。
ブログパーツの噛み合わせでもあるのか?
と思ったら。。。
なんと!flashのバージョンが上がった!
拙者のパソコンのOSでは対応していないので。。。もう、家で確認ができない。
どうしよう。。。OSを変えるには。。。マシンも変えないと。。。きついことになる。
とは言っても、たかが、ブログパーツ。
ブログの更新には。。。影響ないが。。。。
それにしても、機械のバージョンアップにしても、ソフトのバージョンアップにしても気楽な消耗品になっているでござるな。。。
携帯電話も。。。昨年買ったが、2年使う契約をしたもので、買って半年で携帯電話のネットサービスにアクセスできないページがあったり、早すぎる!
と怒ったところで仕方がない。いまや、携帯電話はカメラ機能とテレビ機能を使う程度。。。そのうち契約を切ってやるぞ!と。。。世の中に反抗する構えを示して。。。
あー、ざんねん。。。自分のブログのネコカレンダーを見るのがたのしみだったが。。。アクセスした瞬間だけしか見られず。。。。
flashめ!
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ご参考までに。。。ブログ記事を書いていて、探すのが面倒になってきたので、リンクを追加したのでござる。
これでデパートリンクは完了かな?
ここからデパートへ飛ぶのは楽になるでござるな(笑)。
それから、ウエブページに挑戦。。。台所1年生から一覧形式でカンタン目次のようなものを作っているのでござるが。。。なんかうまく作れないでござるな。。。どうやって作ったら見やすいのかな?
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足も。。。なんとか治って。。。
不思議なもので、MBTの靴を履かなければ歩くのもままならぬ。。。というほど、ちょいと痛みが強かったのでござるが、キネシオで補強し、歩き方の補正で。。。
なんとか過ごし、あとは、ひたすら歩く。。。。そんなリハビリでござった。
不思議なもので、MBTのシューズは。。。トレーニングギアなので、履いたらトレーニングを行っている状態なのでござるな。だから、体が疲れている時に履いて歩くと。。。疲れが余計にたまるはずなのだが、不思議と。。。疲れが抜けていく。そして、故障箇所が回復していくような錯覚に陥るのでござるな。
だから、翌日は。。。寝床から起き上がるのがつらい。ものすごい虚脱感に襲われる。ま、足が熱くてとても熟睡なんてことはないのでござるが、それでも、この虚脱感を克服するためにも。。。また履いて生活しないと。。。。
という不思議なサイクルの中にいるのでござる。
整骨院に行って調整してもらおうか。。。と何度も考えたが、いざ行こうと思うと体が上り調子になっていくので、負担が軽くなっているのでござるな。通ったら。。。しばらくはやめられないでござるからのー。
さて、春と言うことで。。。人が多い。。。
不思議なものでござるが、黒が多いから、そう思うのか。。。異端のスーツ派の拙者にとっては、この街中が一斉に黒づくめ、そして冬服をまだ着ている人々がなんとも信じられない光景でござるな。暑ければ脱げば良いモノを。。。
だから、建物の中は。。。熱気がすごい。
クールビズとかウオームビズとか。。。言われないとそういったスタイルにしない。。。という受け身型な生活はよろしくないのでござるな。また、なんで、みんな右にならえのスタイルなのでござろうか。。。
世の中。。。不思議。。。
化粧には気合を入れているが、服装はどうでもよい。。。というのは懐具合を示しているような気がするというところでござるな。おもしろいことに、東京の中で地域差が生じているのは。。。いつもながら不思議なものでござる。東京駅近辺でさえもあの地域に地域差があるのでござる。
さて、土日と休日モードがやってきて、若者の街へぶらりとしてみると。。。そこには確かに各地の若者が集まっているようでござるが。。。ふと。。。思ったこと。。。
それは、ファッションに関しては。。。関心があるようで無関心なのでござるな。
まだまだ、ミニスカートは勢いが止まらないが、ミニスカートの下に何かを着ることによって、色使いの幅が広がったが。。。。今ではスカートがスカートの意味をなさず。。。上の層から下の層まで、やはりファッションセンスの差を感じるのでござるな。
すごい!と思える人は。。。あれだけの数の若者がいても、わずか何人か。。。というところ。ショップ!(こんな言葉を使うのもめずらしい)のスタッフを見ていても思うが、
あーー、これじゃ、売れないな。。。。
と思うのでござる。ショップ・スタッフはマヌカンとして大変なのでござるが、勉強不足でござるな。雑誌の真似をしても自身には合ってないというのがわかっていないようでござるな。
若者の街を離れると相変わらず、派手で乾いた年代の人ばかりが目立つ。見た目には派手だが、中身はもう生きるのに必死という状態。だから、周りに気遣うなんてことはないのでござるな。人にぶつかってくる歩き方というのもなかなか難しいとは思うのでござるが、すごいものでござる。
これを避けるべきか。。。どうか?と考えたが、今では、ぶつかるかな?と思ったらその場に立ちつくすことにしているのでござる。そうすれば、向こうから避けていく。
これが不思議なもので、動いているものにはぶつかってくるのに、止まっているものは避けていく。。。不思議な生き物としか感じられない。
ヒューマン・ウオッチングが好きな人は何かを見ているようでござるが、拙者もこの人間観察は好きなほうで、たまにこういったことを書くのも良いでござるかな。
動きというのは、ほとんどが無駄なもので、この無駄を省くために何をしたらよいのか。。。日々研究中でござる。。。
また、週末がたのしみでござるな。。。
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最近。。。。国産文字に飽き飽きしているのでござる。
しっかりしているものを売ってくれれば良いのでござる。
そう言って。。。輸入小麦の値段が下がるという話もあり、国産小麦を一生懸命使っているそれぞれのお店では。。。何の利点もない。
輸入小麦の値段が下がるならば。。。。
うどん500gいくら!と売っていたものが、小麦の値段が上がって、90g×5という袋詰めをして値段据え置き。。。なんて消費者をばかにしてきたお店は。。。また元に戻すのでござろうか?
なんかね。。。値段が上がったり、下がったりするのは。。。。当然の出来事で、値段据え置きで中身をいじるなんて!とんでもない!
と、怒り始めてから。。。スーパーで買い物をしなくなったのでござった。
専門店(言い方は様々ある)で買うと。。。毎度相場が変動するから。。。おもしろいのでござるな。
「今日は。。。○○がやすい!」
これが買い物をしていておもしろいのでござる。
そうやって、買い物をするのがおもしろいのでござるよ。
さて。。。無農薬なら。。。なんでも旨いのか?
無農薬なら。。。なんでもいいのか?
というのが。。。実は最近頭の中を苦しめている。
無農薬品は。。。確かに高い値がつく。。。ところが。。。。肝心の味は?
頭をかかえるのでござるな。
最近、産直市場やら、産直販売の店が多くなって。。。農協直営なんてのもめずらしくないが。。。農薬は使っている。
さて、どうかね?
うまいものを。。。探して買う。。。そして、やすく買う。。。一番でござるな。
卵の話をするわけではないのでござるが、
卵料理が上手になったら。。。一人前!と言われてきたが、
最近、卵を使った料理のレシピが多くあるのでござる。
誰でも気楽に卵料理を楽しんでいるのでござるが、
卵を使った料理でよく出てくる、チャーハン、オムレツ&オムライス。
とにかく、ある時期から(年)突然、半熟でないと気が済まない人が多くなった。
特に、オムライスやオムレツは中が生のような半熟のような。。。
とろとろで、上から専門のソースがかかって!
と、これを作れたら。。。パパ料理うまい!。。。とパパ料理の定番でござるな。
と、そんな中。。。何かのテレビで銀座煉瓦亭のオムライスの話が出ていたが、
オムレツとご飯を同時に食べられたら。。。という発想で独特のオムライスなのでござるが、それでも。。。拙者の目には半熟信仰の品物になっていたようにさえ感じる。
卵は。。。きっちり焼かない。
どうしてそうなってしまったのか?
だから、ゆで卵も。。。半熟が喜ばれるのが不思議だし、温泉卵も売っている世の中でござる。
卵料理が上手になったら、料理人としては一人前だ。。。というのは、卵の料理は難しいからなのでござる。
オムレツをすべてに火が通った形で作ることができるか?
切った時に、ドリップが起きないように作れるか?
そんなオムレツを。。。。そう考えてみるとしばらく見ていない。
昔、オムライスは。。。ケチャップライスの上に薄い卵焼きがかぶせてあった。。。。
いつの間にか、ライスの上でとろとろのオムレツを割って中から液体があふれ出し、さらには茶色い液体をかけまわされて。。。。
ひどい世の中になったものでござるな。
拙者はオムライスの場合。。。焼き卵の味を楽しみながらご飯を若干融合させたい。。。。というたのしみがある。
オムレツは。。。純粋に卵の味をたのしみたい!
だから、ケチャップやら、○○ソースやら。。。というのは汚くしているだけで、味を知らない料理人の戯れなのでござるな。そんな戯れに付き合わされている人々が気の毒でならない。
というのが、最近のグチ。
そんなわけで。。。外食ができない。。。という悩みがしばらく続きそうでござるな。どうしてまともな料理が。。。こう。。。出されていないのでござろうか?
オーガニック食品やらなんとやらで。。。料理を見てみると。。。。。いろいろなものが上から融合されて。。。そんな素材を使わなくても良いのでは?
という疑問を持ちませんか?
というのが。。。拙者の最近のグチ。
世の中不思議でござるな。。。。信仰、崇拝。。。。おそろしいものでござる。
だからこそ、世の中に反発して。。。拙者の料理はあまりいじらないのでござる。
調味料は。。。。最後に調整する程度。。。というのが最近のズボラ料理の決まり事になってきているのでござる。
ラジオにしても、テレビにしても男性がデレデレして。。。なんとも醜い日。
なんとかならんのか!
というのが、拙者の毎年思う「つぶやき」
今年になって、逆チョコなどという戦略に乗せられて、どんなことをしても、この週に「チョコレート」を売り切らなければならないらしい。
毎年、この時期にならないと、おいしいチョコレートがこの世に現れないので、拙者にとっては別の意味でたのしみな季節なのでござるが、毎年毎年、女性の群れに阻まれて。。。悔しい思いをしてきたのも、今年は男性客が目立つ。
いままで、丁寧な説明を受けたことがない拙者でござったが、今年は男性にやさしく?がテーマなのか?媚びを売っているような気がしたが、説明は聞いてあげたのでござった。
それにしても、街中を歩いている男性諸氏。。。の情けない姿が。。。目立ったでござるな。。。
拙者は毎年。。。この日が特別にどうのこうのということでなく、1月後半から、3月の始めあたりぐらいまでの間、チョコレートが愉しめる。。。といううれしい季節であり、もらうよりもあげる方が多くなる季節でござるが、
もらうなら「素晴らしいもの」以外はいらない。
ということで、拙者はこれが浸透しているので「いただかない」のでござる(笑)。
さあ、14日が終われば、のんびりとチョコレートが愉しめるでござるぞ。
気の毒な女性諸氏。。。ごくろうさまでござる。
これから、自分のためにたのしむのでござるよ。
3月に3倍返しなんてくだらないことを言っている暇があったら、おいしいものが集まっている時期にこそ、気合い入れて手に入れるのでござる。あげるなんてもったいない!
と、ずーーーーーっと以前より提唱しているのでござるがね。
今年は、若干、傾いたような気がしたようでござるな。
男が料理をしている。。。っていうのはまだ認知度が少ないようでござるな。
とある、料理道具の説明を聞きに言ったのでござるが、
こちらは、ある程度、質問の内容を吟味して、たくさん用意していたのでござるが、
返ってくる答えは。。。
道具の基礎的な説明やら、
まず、料理とは。。。。というような前置きが長くて。。。
それでも、我慢して「素人の素人になりきって」我慢して聞いた。
だから、肝心の質問をすると。。。
「そんなこと考えなくてもいい」
というようなことを思わせる回答なので、
1時間。。。。ほど。。。無駄な時間を過ごしてしまったのでござった。
男性の料理。。。。
まだ、認知度が少ない。。。。
というのが。。。不思議でござるな。
最近の悩みでござる。。。
食べ物を見つめると。。。。返事が返ってくる。
とうとう、頭がおかしくなったのでは?
と、自分でも思ってしまったのでござるが。。。
これと似た現象。。。
ショウウインドウに人形が並んでいる。
ぱっと見た時に
「ねー、連れてって!」
と声をかけられる。。。。なんてことを聞いたことがあるのでござるが、
さらにそれと似たようなことで、うちにはぬいぐるみがいくつかあるのでござった(笑)。
単なる衝動買い!じゃないか。。。と話がひっくりかえるのでござるが。。。
おもしろいことに、
お店屋さん側は、
「この人、商品を出せば買ってくれる!」
と思うと、どんどん、話を進めてくる。。。。
なんてことがあるのでござるが。。。
それで増えた。。。品物の数々。。。
実に親譲りの気質でござる。
それで、
今度は。。。やっかいなことに。。。食べ物と会話をすることになった。。。
というのが。。。
最近の悩みでござるな。。。
なかなか、
相手が嫌がる。。。というのが多くてね(笑)。
久々につまらないお話。
日曜は朝から夜まで台所に立ちっぱなし。
寒いのなんのって、足が凍っていたのでござった。
風呂は月曜に回して。。。
とは言っても、頭だけでも洗っておこうと。。。洗面所で水洗いしたら。。。
冷たいのなんのって、
終わった後、「かーーー」っとなったが、
そのあと、一服に蛍になってみたら、
その頭が寒い。
もうちょいと暖かくなってくんないかな?
と思うが、
暖かいと、
いろいろ困ることがあるので、
とりあえず、野菜達のためには、この寒さのままで。。。
なにせ、暖房はピンポイントでしか存在しないので、ところどころの寒さはすさまじい。
台所は火を使っているときは、ちょいと暖かいが、
換気扇を回すと。。。外から風が入って。。。
寒い。
だから、がたがたふるえながら料理をするのでござるな。
拙者の料理は手早く。。。の料理でないので、
運動しながらやっていないと。。。体がおかしくなってしまう。
いやー、寒かったな。
DIMEが協力して、niftyで立ち上げたようだ。
男子スイーツ部
バレンタインのもらってうれしいチョコ。。。
バレンタインになると、チョコをあげるばかりの男性がその前にいただこう。。。ということなのでござろうか?
それとも一緒に食べようということなのか?
男性と女性ではチョコレートの趣味趣向が違うとは思うのでござるが、
女性からすると、細かく広く食べたい。
男性からすると、一気に食べてしまいたい。
という感覚の違いがあるのではないのか?
そもそも、たらふく食べるという感覚は最近変わらないと思うのでござるが、
スイーツに求めるのは、
なにか?
拙者の考えでは、
一口目の感動なのでござる。
だから、たくさんいらない。
いま、拙者がおもしろいと思っているのは「パン」でござるな。
パンも様々な材料でおもしろおかしく作られるようになったのでござるが、
パン自体に変化のないパン屋が多い。
そこにチョコを詰めても
まったくおもしろさがない。
チョコを素材にして、何をつくるか?
それが生産者に課せられたものなのでござるが、パンは店の顔と変えないところが多い。
パンが店の顔であっても、そこのパン屋では何を顔にするのか?
ここのパン屋ならではの味と追求というものに着目したいものでござる。
それが何なのか?
素人ではコメントできないのでござるな。
パン屋のチョコ。。。お試しを。。。と思ったら「シニフィアンシニフィエ」を覗いてみたら?いかが?1月23日金曜日今日から渋谷東京東横8F催事”SHIBUYA Sweets Collection”に現れるので、ちょいとご覧あれ。
チョコというと。。。単純に思い浮かぶのは
ぶどうの木の限定チョコ。
そして、シェ・シーマの「銀座の石畳」
でござるかな?
定番の商品でござるな。
先週、ランダムに料理・食品関連をビデオ録画して見て過ごした日曜日。。。
「よりおいしく食べる方法。。。」
といううたい文句に
「むかっ!」
としたのでござった。
「明太子の利用法。。。にて、ご家庭で使うには切れ子、ばら子で十分じゃないですか。。。と言い切るレポーター」
に
「むかっ!」
なんじゃこれは!
とゆったりとした日曜日を過ごすつもりが、血圧が上がって、しまったのでござった。
Giovancaのall colorfulでも探すか。。。とyoutubeにはまだ上がっていない。CMの為の曲ということで、化粧品のCMにぴったりの良い曲でござるな。。。
FMに出てきてから、紹介するべきだった。。。
自分に「むかっ!」
さて、よく見る明太子の利用なのでござるが、ほとんどが。。。気の毒なことに「何かに付けるという調味料になってしまう」
のでござるな、明太子を楽しんでいない。
拙者ならば、明太子を芯にして、「あんきも」を作ったり、からし蓮根の穴の中に明太子とからしを入れたもの、明太子の天ぷら(超危険)、ま、明太子の素揚げでも、茶碗蒸しに入れるとか、練り物にするなら、明太子のうどんとか、
明太子は辛さもさることながら、一粒一粒に味が入っているというのもすごいのでござるな。明太子をわざわざ皮を剥いでソースにしてしまうななんて明太子の素の味をたのしめ!
さて、
「よりおいしく」
というのは、
「そのままでは旨くない」
ということでござるから、
「レトルトの○○にちょいと一工夫」
なんて言っているのは、
やはり
「旨くない」
ということで、一工夫に調味料が絡んでいるのは、
「その調味料で味をごまかせる」
ということなのでござるな。
もともとの素の味というのは、いったい何なのでござろうか?
どうも、いかんな。。。
近づく地上アナログ終了とともに、テレビとお別れかな。。。
かと言ってラジオがおもしろいか?
というと、ラジオだって似たりよったりで、音楽がかかっていてくれれば、邪魔にならずに済む。。。と思って、音だけの世界に移行しようか?と今考え中。
ミシュランが発売されると。。。無気になって対抗する人がいるのでござるな。
わざわざ「ミシュラン」をもじって、様々なタイトルをつけて何かやってみたり、
「このお店が何で選ばれないのか?」
などと無気になる。
庶民の味をミシュランに!
などと、無気になる。
マスコミで様々な報道、放送が行われたが、放送をするという特権を利用して、自分たちのわがままの押しつけをしている、権利の乱用でござるな。旨い訳ないのでござる!
「店の宣伝」は、細々とした口コミが効くのでござるが、ちょいとマスコミに取り上げられて。。。なんてことになると、向こうのわがままを押しつけられて、訳のわからない宣伝がつき、めちゃくちゃにされて。。。宣伝にはならない。
なんで、見栄をはるのでござるかな?
と、新年早々そんなことを思っているのでござるな。「おすすめ!」なんて文字には飛びつかない。。。ただ、お店の中にある「おすすめ」には目を向ける。拙者はまたことしも独自の視点で買い物をしていくぞ!
学べば学ぶほどにおもしろい世界が「お店の中に」あるのでござるな。
「なんで、デパ地下にはあれだけの人が渦巻いているのだろうか?」
「ブランド」
という話を聞いたことがあるのでござるが、ブランドって何でござるかな?
ここを考えてみたいでござるな。
今日は木曜日。
だから、休日という雰囲気がない。。。。のでござるな。
ラジオの放送内容は特別なもの以外はいつもと同じように流れている。
これがラジオ放送の良いところ。
いつもの番組が正月の特別編成になるというのが「正常」であり、正月になったから、打ち切って別の番組を当てはめるというのは「異常」なのでござるな。
さて、年末は懐がさみしかったので、動くつもりはなかったのでござるが、この何年間。。。と数えたことがないのでござるが、あちこちに知り合いができたような「デパ地下」グルメツアー。
つまり、挨拶まわりをするとなると。。。かなり大変なのでござるな。
でも、やった。
そして、買った。
そのおかげで、特別バージョンがかなり手に入る。。。という特典つきでござるな。
やはり、買ってお得意さんになるのは良いことでござるな。
デパ地下グルメ評論家も多々いるようでござるが、自分で言うのもなんだが。。。拙者の感覚は他を越えているでござるな。。。と最近思ったのでござる。
ただし、拙者以外の人々が拙者の感覚に付いて来れないので、拙者は異端になってしまうのでござる。だから、一人でたのしむ。
ま、またそんな年になっていくのでござるな。
そして、秘伝を分けてもらうのでござる。これは朝のたのしみ。
拙者が料理を気合い入れてやっているのは、朝。。。
一日のうちで自由な時間と言えば。。。周りが起きてくる前でござるな。
静かに、派手にならない料理作業。。。これも修練でござる。
睡眠時間は、合間に取ればよいので、3時なり、2時なり、4時なりに起きて7時ぐらいまでにはすべてを終わらせる。
休みの日は丸一日を費やして。。。たのしむのでござるな。
たとえば、レバーパテは空き時間ができるのが。。。5時間後。オーブンに入れてからでござる。それまでの5時間は格闘の時間なのでござるな。
そんなものもあれば、下準備して、後は煮るだけ。。。しかも72時間なんてのもあるが、スイッチが切れないように、水が減らないように。。。と気をつかったり、窓全開で匂いが部屋にこもらないようしたり。。。と風邪ひく寸前。。。
そんなものもある。
料理に命をかけているような。。。たのしい作業。
なんで、そんな手間をかけるのだろうか。。。
おいしいものが食べられるからでござるな。
いつのまにか。。。地元周りにおいしいものが集まってきたので、買い物が楽になってきたのでござる。
やはり、歩くというのは素晴らしい。
MBTトレーニンググッズ(いわゆる靴)でござるが、減りが早いでござるなー。
新年早々に2足も減らしてしまい。。。サンダルで生活しているござる。
寒い。
そんなときは。。。トレーニングウエアが暖かい。
ただ着ているだけだと、薄くて寒いが、ちょいと運動すると、体の発汗を促し。。。体内の温度を上げてくれる。
だから、拙者の服は、一年間。。。ほぼ毎日トレーニングウエアであり、薄着。
ちょいと油断すると。。。風邪をひく。
ただ、守れないものがあった。
それは、台所に立っているときは。。。足底から一気に冷えるので、血液の温度は足底で一気に冷却され。。。腰が冷える。
だから、歩かないとならない。
すごいなー。。。台所に立って、そして外へ行って歩いて、じっとしていると冷えるから、常に動いて。。。
いつ休むのか?
休む方法を考える一年になりそうでござるな。
なんという日か?
朝、暑くて寝苦しい。。。。と起こされ。
ま、いいかと朝の支度。
朝の気温に合わせて、服を整えたモノの、天気予報で気温が下がるとやら、雨が降るとやら。
それなりに重装備で出て行く。
昼頃から、徐々に気温が変化している。
だんだん、雲行きもあやしい。。。
夕方。。。と思える時間頃。。。。すさまじい寒さと雨。
重装備に差し替えて、カサも登場。。。とりあえず移動可能状態。
夜になると。。。寒さはすさまじい。
振り返ってみると。。。いったい今日一日で1年を経験したか?
と思うような日でござった。。。。
一応それなりに。。。濃い一日ではあったのでござるがね。。。(笑)
土曜日夜の街番組で築地があがっていた。。。
あれじゃ、また築地が大盛況だ。
と思うが、素材の買い物よりも食べ物を食べに来ている人の方があっとうてきに多いのでござるな。
築地には気合い入れて6時に出かければ、9時頃に着くのだろう。。。だが、土曜日はなにかとやらなければならないことが多くて、朝食の準備片付け諸々が終わって9時半、もしくは10時。そこから、でかけるとどうしても、12時半から13時に到着となる。
今回、10時に出発して12時半に到着したから、かなりハイスピードで行くことができたのでござる。
途中で食べるおにぎりの旨いこと。。。
さて、今回は特価えび芋を探しに行ったが、もうすでに年末向け値段に切り替わっている。先週に比べて値段が上がっているのでござるな。すじこは値が上がっている。
うちの地元で「あんきも」を買おうと思っても、築地価格とは全く違うのでござる。切り身を買うなら地元でじゅうぶんだが、珍しい素材は築地にまで足を運んで買うだけのことはあるのでござるな。
ただし、その日その日によって、仕入れの状態が変わるから。。。やはり毎日見ている人にとっては買い時が選べるのでござるな。
今回は、初めて丹波黒豆を購入。バイト兄さんが忙しそうにしていたのでござるが。。。無造作にマスを突っ込まれると。。。ちょいと不快な思いが募る。もうちょっと大事にあつかってくんないかな?
水に浸した瞬間。。。ほとんど傷だらけ。。。というのでは、炊く方も気合の入り方が違うんだよな。。。
それにしても、あちこちで黒豆は売っているのでござるな。
どれが良いのか?
それは炊いて、食べてみないとわからない。
小豆はもう築地で買うのがいいということがわかったので、切れたらそこにまで足を運ぶ。別に大納言を使う必要はない。小さな小豆で十分味の濃いしっかりしたものが作れる。。。というより、そういう種なのでござるな。
青えんどうも青臭さを取り除けば。。旨味が残ってなかなかしっかりしているのでござる。
花豆は築地のお店のほうがでかい。
炊いてみたいでござるな。。。
ま、そうやって、のんびり歩きたいのでござるが、年末に向かって人がたくさんなだれ込んでいるのでござる。とある通りと、とある通りは店舗に並ぶ客が多くて通過するのに大変。だから、買い物をしようと思うとひとくろうなのでござるな。
築地って何がいいのか?
売店でなく、親切丁寧なところでござるかな。本当に専門家がいる店。
ただ、今の季節はだめ、バイト君が多いから聞いてもわからない。
ま、仕方なし。
拙者としたことが。。。。
やっと、冬支度ということで、タンスの整理をしていたら、奥からしわしわのYシャツが出てきたので。。。困ったやつだ。。。と自分にカツを入れ、アイロンをかけた。
すると、かける前からこんなに黄ばみがあったかな?
と思って、いるうちに、あちこち黄ばみだらけ。。。
しまった。。。これ一年以上も引き出しの奥にあったのか!
熱で変化してしまったのでござるな。。。。
いまさら。。。
あー、しまった。。。先に洗ってからやるべきでござった。。。。
。。。。
すぐに温洗剤で浸け洗い。
落ちたのでござった。
ここのところ、風邪など無縁だと。。。思っていたが、うつされた。。。。外から悪性の風邪をひっぱってくるのがいるのだ。。。
風邪になる原因としては、夜の買い物による「冷え」でござるな。
なにせ、自転車に乗れなくなってしまったので、すべて歩きだから、けっこうつらいものがあり、まして、風邪で熱があるときに寒い夜でも買い物にでかけると。。。
MBTであるおかげで、かろうじて立っていられるが、歩くとなると、下半身が別の生き物のようでござるな。とりあえず、目的地まで頭に指令をしておくだけで、ぼおおおおーーーっとした頭を抱えながら、買い物をする。
MBTに感謝でござるな。
これ、サンダルででかけたら、たぶん途中で膝が痛くなって戻ってくるでござろうな。
別に忙しくないのに、急がされている夢。
起きてしまえば良いのに、起きないで急かされている。
夢を見ているとわかっていても、なぜ起きないのだろうか?
不思議なところである。
たとえば、悪夢にうなされて、がばっと目覚める。。。ということがなくなった。
それは寒さのせいなのか?
いま、見ている夢はまさに悪夢であるが、なぜか事のなりゆきにまかせてしまっているというのは心の余裕なのか?
まったく不思議なものでござるなー。
日曜日は、江戸川演奏家協会の発表会。江戸川区の某所で行われたが、会場がひどい。よくこんなところで演奏会を!と思ったほどの音響なのでござる。残響が長すぎて、何を言っているかわからず。。。途中で音が耳の中でハウリングを起こす。。。という不思議な現象を経験した。はじめてでござる。ピアノの音が頭の中で渦を巻いている。。。さらに目が回ってしまった。音に酔うという現象なのか?途中退出。。。。。トイレで鏡を見て自分の姿を見たが、別に健康不良というわけでもない。若干さっきの酔ったような感覚が蘇ってくるぐらいで、耳の中ではまだぐわんぐわんと残響が響いていた。
不思議な現象でござるな。客席のノイズが直接音になって飛んでくるのではなく、いったん天井に飛んでその残響が拡張されて拙者の席に襲ってくるので、あちこち点々と席を動いたがそれほど変化がなかった。
いやー、びっくりしたなー、こんなホールがあるんだ。。。
さて、江戸川区の某所から、亀有arioまで1時間。。。ここで九州物産展があるので、熊本の辛しれんこんを買って(月曜で終わりだからなごり惜しい)、ここからさらに八潮駅まで1時間。。。。
すさまじい速度でござるな。
さて、ここで驚いた。
実は、この八潮の駅前のスーパーに「彩のかがやき」が売っているという情報があったのでわざわざ行ったのに。。。。「在庫切れ」
まだ、新米の時期だというのに、棚に他にも米がない状態でござる。
あきたこまち、コシヒカリ、ふさおとめと。。。なんでこれが在庫あって、埼玉の米が在庫切れなのか?
思わず憤慨してしまった。。。。
足がパンパンだったので、困ったものでござる。
それにしても、米の在庫切れ。。。なんて、なんてスーパーなのだろうか。。。
こんな経験は初めてでござる。
だから、。。。。てぶらでまたトコトコ歩いて帰ったのでござった。
夜は寒いねーーーー。
家路は遠い。遠かった。
MBTで鍛えているから。。。と思っても、夜に歩くのと昼歩くのとではちょいと違う。ここのところ雨が降ったので、夜の気温がぐーーーんと下がったのでござった。
昼のこのぐらいの気温だと、不思議なモノでアンダー一枚とダウン一枚でなんとか持ちこたえる、むしろアンダー一枚で過ごしているのが日常でござるな。
ところが、夜になると、アンダーとダウンだけでは、暖を保てない。外側からどんどん冷えてくるのがわかるぐらい、体の体表面の温度と体の芯から出てくる温度との差を感じる。
これが外気の温度を取り込んでしまうと。。。。
風邪をひくのでござるな。
と、いうわけでここ1年近く風邪とは縁遠い体だと思っていたが、久々の風邪に悩んだ。
なぜなら、MBTで鍛えた体が薬を必要とせずに「たたかっている」のでござる。だから、薬を選べない。。。。
風邪と言っても「これといった」病名ではないので、体調不良の最悪版ということでござるな。歩きすぎでちょいと筋肉痛の程度が。。。風邪のおかげで痛みが膨らむ。。。そのふくらみ具合でどの程度の病状なのか?判断できるのでござるな。
また、体が疲れているから、ちょいと休憩。。。と気を抜くと。。。眠りに誘われる。
これが、体の通常の姿なのではないのか?
と思ったが、不便は不便でござるな。。。なにせ、すさまじい頭痛が来るので、肩周りの筋肉は硬化してしまい。。。荷物を持つのがつらい。。。
なんて、ちょいと病気になって、またけしからん人体実験を行っているようなものでござるな。
それにしても、MBTで体は鍛えられていることはよーーーくわかった。多少の風邪ならなんとか乗り越えられそう。。。と思っているが、いまのところ、温かいモノを食べるということしか対処できないのでござるな。
この温かいものを食べる。。。体の芯から温めるようにするというのが風邪の対策でもあるのでござる。
あとは、風呂に入って血管をひたすら温めて体中に熱を回す。。。
さて、薬なしで。。。治るでござるかな?
ま、無理はしない。
と、漢方薬は用意しているのでござった(笑)
wa・bi・saのリンクとアンリシャルパンティエのリンクが変わっていたので、修正したのでござる。
wa・bi・saもすっかりyokumokuと全面に出してラインナップが変わってしまったようでござるな。
アンリシャルパンティエも経営がらみのようで、Cキューブもまとめて見られるから別にいいんだけどね。。。ちょいと複雑な気持ち。
いいものは吸われる。。。良いと解釈しないといかんでござるかな?
落とし穴
街中を見ると。。。ラーメン店多いでござるな。不思議でござるが、儲かっているとは思えないのでござる。儲かる店が街中に出てくるのか?というとそうでもないのか。。。。と思えてしまうのでござるな。
一攫千金でも狙っているのでござろうか。
いまだに「つけ麺」にこだわっているところもあるのでござるが、つけ麺って食べ方を知らないとおいしくもなんともない。
最初はつけダレが濃いから麺をつけすぎるとしょっぱい。後半はタレが薄く冷たいのでたっぷりつけようが何しようが口の中に入れたときに冷たさで味が麻痺しておいしくない。
では、どうやって食べるのか?
考えて食べてくだされ。
○○にこんな調味料を加えて食べてます!
メディアで情報が豊富でござるが、調味料にこだわっているのか?素地にこだわっているのか?まったく不明でござる。
食べ物の遷移を考えて、調味料を変化させるのが当たり前と思っている拙者でござるが周囲では○○にはこれ!と言った日常の周期を変化させない。
ここが不思議なところでござるな。
一度これぞ!と思ったことを変えないのは一体どんな思想なのでござろうか?
その昔、ラーメンに酢を加えるというのがあった。
今でも変えない人がいるのは知っているが、聞いてみると体がその動作を覚えてしまい変えられないということでござる。
なんで酢を加えたのか?
それはその昔に存在したラーメンを調べればよくわかることでござる。その当時、酢を加えることが「美味」とされたのでござるな。ラーメン屋に酢が置いてあるのは餃子のためと思っている人もいるのでござるが、ラーメン屋に置いてある調味料をじっくり考えてみると、食べる人の自由でいかにでもしてくれ!ということなのでござる。
つまり、ラーメン屋で「うちのラーメンをそのまま食べて欲しい」というこだわりは見かけない。
ここが不思議なところでござるな。
その点でとあるそば屋に行くと、注文したモノごとに調味料が出てくるというものがある。これは、その中で好きなように。。。という配慮がある。卓の上には箸と爪楊枝しか置いてない。
これはその店のこだわりということが大いに感じられるのでござる。
ラーメンやそばを見てみても、最初の一口と終いの味では大きく変化するのでござるが、その変化をどのように捉えるか?食べ物がいつも一定の味を示していることを望むのは、その一定の味で口の中に入れておきたいという願望が強いのでござる。そして、それは何日も続くことがなく、次の日には別のモノが欲しくなるというわがままが起こる。
そのおかげで、食べ物屋は顧客の確保のために常に変化を求めなければならない。大変なことなのでござる。
また、一定の味というのを常に保たなければならないことから、人が作ろうとオートメーション化されていく。腕というものが不必要になっている食品業界でござる。
人が作るなら、毎日変化するのが当たり前で、その日の気温、湿度、天候、人の動き、季節の移り変わりなどで微妙に変化させるからこそ、同じ食べ物でも違った雰囲気がたのしめるのでござるが、それは今求められるモノではない。
ここが不思議なところでござるな。
落とし穴は自身がはまり続けているもので、なかなか抜け出した人をみかけないなーーーーーーと最近思い始めたのでござった。
こんな訳をしたのを思い出す人は。。。いるでござろうな。
なんで、こんな訳を付けた人がいるのでござろうか。。。やはり言葉のリズムでござるな。
拙者は、
おもったことをそのまませいりせずにきままにかいてみたら。。。
とだらだら長く書いた。
リズムでなく、理屈でござるな。
文系、理系の違いなんてことはどうでも良いことで、個人の感性に文系も理系も関係ない。
さて、今日は10月1日水曜日。都民の日ということで、上野動物園は無料。
以前にも書いたが、東京タワーがピンクのライティングになる日。そして、イベントも様々。
昔は10月1日というと衣替えが完了して。。。などと訳もなくあわただしい時期。まさに、夏から秋へ季節ががらりと転換する日でもあった。
世の中では、地球温暖化による異常気象で、夏も暑いと思ったら一気に冬へ加速化か!
それと地球温暖化と何が関係あるのでござろうか?
なにかと、人のせい、モノのせいにしたがる人たちばかりの中で。。。生活を強制されているような気がするのだ。
夏に入る前に、ちょいと梅雨があり、その前なんか、春とは言え寒かった。。。。
そんなことどうでも良いぐらいに忘れ去られている。
過去を振り返る。。。なんてことができないなんて、トランジスタのコンピュータよりも劣る。
真空管時代というよりも、紙記憶時代。。。。までさかのぼってしまうのか?
天気が当たらない!
なんてことはどうでもよい。気象予報士なんて制度が始まってから、天気予報なんてあてにならないモノとなったので、天気予報するよりも、天気がどうなるか個人の感覚でござる。生活の中に天気が関係している人は、体にしみこんでいるのでござるよ。
記憶容量がないから、つらいだけのこと。
ただ、それだけでござるな。
どうした?
以前、フェチシズムに書いたと思ったことでござるが、ぼーーーーっと10分ほど空を見上げていたら思い出したことだったので、一目散にパソコンのキーボードに戻って打っている。
日本語で「な」行となると、「なにぬねの」でござるな。
この音を女性が発音すると。。。なんとも愛らしい。
ところが、男性が発音すると。。。腹が立ってくる。。というよりも攻撃的でござるな。
それがなぜか?
おわかりでござるか?
すべて書き出すと。。。きりがないので、1個だけヒント
「ねぇ。。。」
英語でも「N」の発音は女性の方が愛らしいのでござる。
韓国では女性の色っぽさの象徴らしい「・・・よ」という音。この「よ」をどう発音するかで男性はひっくりかえるようでござるな。
InterFMを聞いていると。。。1時間に一回はいろいろな国の言葉を聞くことができるのでござるが、韓国女性の「N」発音はかなり「愛らしい」。日曜日に放送している「Kジェネレーション」で男性ゲストが出たときの「N」発音は気にならなかったが、女性の「N」音はものすごく気になったのでござるな。
聞いていて。。。他の作業をやめてまでも聞いてしまいたくなる言葉。。。「タイ語」。
これが、流れてくるのでござるが、とにかく、謡い(うたい)に聞こえるのでござるな。「K」音と「N」音と「P」音が組み合わさった「ひっかかる、のみこめない」音が主体のタイ語。はじめて耳にしたときに「口の中でくちゃくちゃしている音」かと思ったぐらい耳についた音でござったが、じ。。。。。。−−−っと聞いていると韓国語に似た「謡い」があるのでござるな。
日本語にも「謡い」の世界があるのでござるが、日本語の謡い言葉はめったに聞かれることはないので、ラジオから流れてくる世界の言葉。。。ということで、
「N」の音に注目してみると。。。。おもしろいでござるよ。
「ねぇ、聞いて!」
男性に言われるのと、女性に言われるのと、どちらが愛らしい?それとも嫌な感じ?
台所1年生のカテゴリーを選ぶと。。。firefoxではハングアップ寸前の状態になるので、カテゴリーを分化してみたのでござる。
料理ブログを始めて。。。まだ3年か。。。。
という濃密ブリ(笑)でござる。いつから、「ござる節」が出てきたのか?探ってみるのもたのしいのでござるが。。。
ま、それはさておき、
台所1年生(男)。。。とすると、かなり少なくなって。。。見やすくなったでござる。
10月24日までで一年とし、台所3年生は濃密すぎるので、4月24日までを前期、それ以後を後期と分離したのでござる。
台所4年生は、今年の10月25日からスタートするが、前期後期に分けずにスタートするつもりでござる。
これで、カテゴリーで見に行くのに見やすくはなったでござるな。
それにしても、3年目突入すると、異様に項目が多くなっているのでござる。
今後、もう少し分化しないと。。。自分でも探るのが大変!と思っているのでござるな。
なにせ、ピクルスはどこのレシピから引っ張り出したのか?
と探すのに苦労して、見直したら、現在と作り方が違うので驚く。
その都度、前の作り方を無視した勝手な思いこみで作っている調子でござるから、
ま、
「いい加減!料理!」
ということでござるな。理論がどうのこうの!なんて、とても言ってられないでござる。
とほほ。
いままで、何も疑わずに。。。チューハイと書いてあれば。。。焼酎の○○割だと思っていたのでござるが。。。ふと、缶の側面を見てみたら。。。
スピリッツ
や
ウオッカ
と書いてあったのでござる。
どうも、最近、酔い方が変だな。。。と思っていたら。。。
そこで、酒屋の棚を調べていくと。。。。
takaraの焼酎ハイボールというのは「焼酎」を使っているのでござった。
あとは、
上記、スピリッツ、ウオッカなのでござる。
このスピリッツというのは、蒸留した酒でござるから、焼酎も含まれるのでござるが。。。何を使ってもスピリッツなのでござる。
宝焼酎ならば、生で飲んで悪い酔いしないので。。。これなら気分としても安心でござるな。
最近、ビールが口に合わなくなってしまったので、ワインを飲む前に焼酎の炭酸割りを飲んで、体を冷やしてから。。。とは言っても汗が出てくるのだから、体の内部は熱いはずでござる。
どうりで、takaraチューハイだけが値段が違うと思ったが。。。そんなところに落とし穴があったとは。。。まったく、つまらないところによく気がついたものでござる。
ちなみに、宝酒造のHP
最近とは言ってもここ1年半近く。。。。ラジオ生活に切り替わって、耳にいろいろな物が入ってくるのでござる。
それまで、テレビ!大好き。。。というのか?スケベな番組大好き!というのか?
スケベな番組は見るしかないのでござるが。。。。すぐに飽きる。
飽きない。。。スケベな番組とは?
それは官能小説の朗読でござるな。。。これは五感を刺激するのでござる。
読んでいても飽きないでござるが、朗読されたらたまったものではないでござるな。
ま、こんな番組は他の視聴者に困ることでござろうから、番組にはならないでござろう。
さて、
最近、その耳に入ってくる物として。。。音楽がある。
単純に歌声のない楽曲物だと、安心して聞いていられるが。。。。歌が入ると落ち着かなくなるのでござる。
なぜか?
歌声には。。。歌詞という物があり、この歌詞を拒否できずに押しつけられるのでござる。
拙者には、耳にフィルターというものがあって、良いことに、嫌いな物は音として変換できる都合のよいものが付いているのでござる。
ところが、良い音になると。。。。歌詞を受け入れざるを得ない。。。これが悲しいことでござるな。
さらに、音が悪いと。。。。歌詞が入ってきてしまう。。。。気まぐれフィルターなのでござる。
その音が悪い。。。というのが最近流行りの。。。。
いや、昔から流行っている
「ハモり」
というものでござる。
グループで歌っていると。。。たいがい複数人の「似たような」音域歌声なのでござるが、これがとにかく音楽関係者が作っているにもかかわらず、音が悪いのでござる。
複数の人間が、でたらめに音を奏でたら。。。これは悪音なのでござるな。
グループでマイクを持って出てきたら。。。。即。。。耳をふさぐ。
さらに、なにやら、一人がうたっているところに、別の音で歌っているグループもある。
聞いている側では。。。。ハモるのが気持ちいい!なんてことで、カラオケボックスでも勝手に乱入する輩(やから)もいるようでござるが。。。。
ハモる。。。。これはハモりでない。
勝手な音の「押し売り」、、、、いやいや「押しつけ」なのでござる。
一つ試してみればわかるが。。。。
ドレミファソラシド。。。。の音で。。。「ド」と「ミ」と「ソ」を同時にならすと心地良い音が流れる。
これは、ピアノで3つ押せば。。。たいがい同じ音がするが。。。
ギターでもウクレレでも自分でチューニングして。。。自分で思うところの音でこの「ドミソ」を奏でてみると。。。それはハーモニーとなっているのか?
そこが問題でござる。
つまり、ハーモニーとなるのは、ある音域の幅で起きるのでなく。。。ものすごく狭いチューニングの幅でしか起きない現象だから、歌い手は。。。自分の発した音がパートナーの音と合わせなければならない。
勝手に、俺は、私は、この音で合わせる。。。。なんて言っているのは
歌手として失格でござる。
その点で。。。。歌謡曲というのは安心して聞いていられるのでござるな。
バックコーラス。。。。はきちんとした声楽関係者でござるから、歌い手の音に合わせてチューニングをするのでござる。
これぞ。。。。ハモり!
というものでござる。
どこに言っても。。。衰退したものが多いのでござる。
それをわかったようなふりをして。。。。持ち上げている輩が多いから。。。。この世は成り立つのでござるな。



久々に献血に行った。今回は、お米プレゼント。。。に引かれた。
前回、キャンペーンをやっていたので、そのポイントが残っており、今回でポイントがたまって、さらに景品が出た。
それが、発電充電器でござるよ。
いやー、おもしろいものでござるなー。
献血。。。後、血液データがやってくるのも一つのたのしみでござる。
コレステロールは?
などなど。。。年に1度の健康診断。。。よりも、年間3、4回献血していれば、血液からわかるからだの状態も見事にわかるので、献血は良いでござるよ!
ここのところ、一日最低30000歩近く移動しているのでござる。
先週、一週間で200,000歩以上も歩いたのでござった。
これじゃ、疲れて料理どころではないのでござる。
おもしろいことに、というよりも当然だが、足は鍛え上がった。
さらには、ウエストのくびれが目立つようになった。
太ももの裏がものすごく鍛え上がっているので、前屈もできるようになった。
ただ、ふくらはぎがぱんぱんでござる。
いやー、これは痛いでござるよ!
ここまで歩かなくても。。。。


宝くじ売り場ではグリーンジャンボ宝くじがどうのこうの。。。とあったのでござる。
さて、すでに新たなスクラッチ宝くじが販売されたのでござるが、
販売終了間際ということで、なにやら、面白そうな手軽な宝くじがあるとのことで、
勧められるままに買った。
上の星マークと同じ物が出たら、当たりとのことで、
削ってみると、
「はずれ」
めくった金額を見てみると、200円、5千円、100万円、3万円と書いてあった。
始めに、こちらからめくると、上の星マークは何か?
たのしみになるのでござるな。
初体験にして、こんな購買意欲を湧かせる宝くじがあるとは。。。
よく考えるものでござる。
値段は200円とのことで、
東京都宝くじは100円のものがあったような。。。。
興味がそれほどないので、詳しくはないが、宝くじ売り場があちこちにあると、
覗いてみるのもおもしろいものでござるな。
宝くじ売り場では、マークシートをどうのこうのとやっている人がいたが、
あれはなんでござろうか?
ま、知っている人は知っているものなのでござるな。
ところで、なんで宝くじ売り場に行ったのか?
イヤホンから流れてくるラジオのCMにスクラッチ宝くじの宣伝が、いつのまにか、擦り込まれていたようでござるな(笑)。
今年は、花粉症から逃れられたのか!
と思ったのでござる。
やはり、この食生活が生きて来たのか!
と思ったのでござる。
例年、人より敏感な官能器官を持っているので、1月頃から花粉症の症状が出始めるのでござるが、今年は、3月に入って、まさにこの時期。
なんか、鼻がくすくす、目が痒い、寝ると起きようと思っても目が開かない。
なんて症状に悩まされるのでござる。
しかし、例年よりも大人しい。
今までの食事を振り返ってみると、かなり派手な料理が多かったのでござるが、1年を通じて、かなり粗食で過ごしている。体の中の毒素は抜けているはずなのでござるがね。
ただし、運動不足ということもあり、
憧れの!腹のぶよぶよ肉が付いた。
と、付いてみると意外に邪魔でござるな。
それと、不思議なことに内臓脂肪のせいなのか?下腹が張るので、この張りがいやである。
この張りは、ちょいと運動しないと取れないので、お腹がすいても、張りがあるときは食べない。
なんとも、贅沢な悩みでござるな。
やはり、しまっている体の方が良いでござるな。
で、閉めてはいけないのでござる。
結局、花粉症撃退の食事にはなっていなかったのでござった。
これは、すごい実験だったのに。。。。
失敗でござった。
ただ、花粉症対策として、マスクをするのは良いのでござるが、
人のたくさんいるところには行かないことでござる。
空気中を漂う花粉よりも人に付いている花粉の方がかなり敏感に反応するでござるな。

白酒。。。と言っても「あかりをつけましょ、ぼんぼりに〜」ではなく、中国のお酒でござる。
56度という度数で、コウリャンのお酒でござる。
安いお酒で、ロシア圏でいうウオッカと同等の扱いでござるかな?
これは、薄めずに杯によそって、ちびちび飲むのが良いのでござるな。
ウオッカのよりは香りが良くて、拙者は飲みやすくて、寒い日などこれに限る。
これを飲んだ後に、25度の焼酎を飲むと、まさにビール感覚でぱかぱか飲めてしまうので、
寒い日には、温まるまでに頭がくらくらして、気分良い。
そして、翌朝すっきりでござるから、いい感触でござる。
しかし、偽ブランドとは言え、作っている内容は。。。どうなのか?
そして、この手にしているパイチュは偽物なのか?本物なのか?
実に、おもしろいところでござるな。
ウクレレのネタがしばらく続いていないので、「お料理」を追加してみたのでござる。
お料理ネタが多くなってしまったでござるから、
お料理のふるかわくんということで、みなさま、これからもよろしくでござる。
その昔、「朝食をしっかり食べないと、朝から調子が悪くて、平熱が低くなって、よくない。朝食は、ごはんが一番、みそ汁も飲みなさい。パンなんてやめなさい!、コーヒーなんてもってのほか!」
と、とある所で騒いでいたのを思い出した。
朝食というと、
朝マックでー!
コンビニのおにぎりとカップみそ汁か?
スタバでモーニングコーヒー?
拙者はドトールでサンドイッチとコーヒーなんて時もあったなー。
ちょいと前まで、牛丼屋の朝定食というのが好きでござったなー。
しかし、ととととと考えると、体温が上がるのか?
と考えたのでござる。
朝、温かい物を食べたから、体温が上がるのか?
疑問と言えば、疑問なのでござる。
と、言うのは、夜の話。
寒いから、鍋にしよう!
ということで、熱々の鍋を囲み、食べている最中は確かに熱い物を胃の中に放り込んでいるので、汗をかくぐらいの体温上昇でござる。
しかし、食べ終わってみると、寒いのでござるな。温かいまま保たれるなら、文句はないが、食べてしばらくもしないうちに寒くなってくる。
だからというわけではないが、酒のお湯割りが進むのでござるが、これも飲み終わると寒い。
飲んでいる時は、ふわっと温かいのでござるが、冷えるのも早い。
なぜだ?
とこんな疑問に、起床後、寒い!と思わない食事は何か?
ちょいと変な実験をしてみたのでござる。
起床後、そのままの格好では寒いと、思われる気温で、まずは、何も食べずにその場に座ってパソコンを叩いている。さすがに上着が必要だと思うのでござるな。それで、早い朝食をとってから、またパソコンの前に座り、でかけるまでじっとして、寒さを感じるか?というもの。
ごはんゲンコツ大にみそ汁しゃもじ2杯。。。。。確かに寒いと思うまでの時間は長い。ご飯は粒がわかる程度で柔らかめ。
蒸かしじゃが芋2個。。。。そのものは熱いが、すぐに寒い。
蒸かしサツマイモ大1個。。。。熱くて食べ終わるまでに苦労したが、やはり寒い。
煮豆数種。。。。寒い
バナナ1本。。。。。甘く変化したもの、寒い
ヨーグルト200g。。。。。そのものは冷たいが、寒いと思うまでに時間がかかった。
みそ汁しゃもじ2杯。。。。みそ汁は熱いが、寒い。
お茶2杯。。。。熱いのを飲んでみたが、飲み終わると寒い。
かけそば。。。。つゆは熱くしてある。体が芯からあたたまるでござるな。。。。。でも寒い。
つけめん。。。。そばをつけめんにして食べる。。。。。関係なく寒い
うどん。。。。温かくして食べる、これも芯からあたたまるでござるな。。。。寒くはない
なんでござろうか?
冷たい物を食べても、寒くないというのはヨーグルトでござるな。
あとは、温かい物を食べてから、寒くないのか?
どうも、胃の中に放り込まれてからの、胃の活動によるものと考えるのでござるが、
ごはんを炊くにしても、「ちょいと硬め」に炊いて食べるのが歯ごたえがあって良いのでござろうが、「柔らかめに」炊いた方が良いのかな?
確かに、外歩きしながら、コンビニのおにぎりをチンして食べても、なにか暖まった記憶がないのでござるが、消化に良いもの。。。。と考えるとパンはどうなの?
と、不思議に思うのでござるが、
朝食を食べる!ということと体温の低下は、なにやら関係があるのでござろうか?
と、チンケな実験をしてみたのでござるが、おもしろいでござるな。
人の言う事に耳を傾けるのも良いのでござるが、自分で確かめてみないと、やはり怪しいものでござるな。
寒ければ、着込みゃ良いのでござるよ。暖房の近くにいたって、その時は温かいけど、離れれば寒いのでござる。暖房の温度を上げて行けば、それだけ燃料がかかるのでござるから、動き難いかもしれないけど、着込めばよいのでござる。
拙者は薄着でござるが、下着に保温性の高いウエアを着用しているので、薄着でもそれほど寒さを感じない。冬を過ごすのは一工夫でござるな。
ただねーーーー、夏を過ごすのが苦手なのでござるよ(笑)。これも何か工夫をしないと。。。
朝っぱらから、何を騒いでいるのか?と思ったら、解禁だ!ということでござる。
寝不足で困っているのに、また、夜中に起こされるとは。。。
Beaujolais nouveau
とか、なんとか、いつから騒ぎ始めたのか?
と思うのでござるが、そんなに古い出来事でもない!と思って、最近うそかまことかwikipediaを覗くと、バブル期に騒いだのがきっかけのようで、そうやって追いかけてみると、拙者がバブル期にしていたことを思い出すと、Beaujolais nouveauなるものは記憶にないのでござるな。どちらかというとウィスキーと日本酒が主たる飲み物でござったなー。日本酒ソムリエなるものがいて、気分次第で選べる地酒というのが流行っていたような気がしたのでござるな。
ウィスキーはまだ値段が下がっていない時期で、各地の蒸留酒を片っ端から飲んでみて、うまいものを!と探して行くと、やはりヴィンテージということになるのでござるな。
ワインもそう、ヴィンテージをかきあつめてきては、飲んで、「何?」という感じに襲われていたのでござった。
しだいに、テーブルワインにはまって、現在に至るのでござるが、
Beaujolais nouveau
なるものは、ま、日本酒で言えば、新酒でござるな。日本酒の新酒も「荒っぽくて」おもしろい!などと言いながら、これは3年後に飲みたい!と自宅の暗室にしまい込んで、しばらくさようなら!と眠らせるのでござる。
品物に寄っては、冷蔵保存しとかないと、大変なことになるものがあるのでござるが、拙者の場合は冷やして飲むとか、燗して飲むとか、一工夫しないので、その時のその温度で飲むのが大好きでござるな。
と、ワインもそうなんか?
ワインを飲み始めた頃は、白は冷やして!赤は常温でとか!デキャンタで空気を含ませてとか、あーだの、こーだのとレクチャーを受けるものの、「飲めりゃいいじゃないか!」と、次第に思うのでござる。
テーブルに出たら、飲む人の勝手。
そんな人に、お酒を語る必要なし!
と、さんざん言われて来たのでござるが、結局、あれこれと気をつかってのんでいる人とは、うまが合わず、自分で勝手に飲んでいるのがごく普通になるのでござるな。
「こうでなきゃ、ならない!」
と硬くしばれるのが好きな人が多いので、自分で、自分のお気に入りを独りで勝手に飲んでいるのが一番!とお酒の先生(いろいろな人に出会ったなー)に教わってから。。。。人にお酒をすすめることもせず、過ごして来たのでござる。
気軽に飲めないと、お酒がまずくなるのでござるな。
と、考えるとBeaujolais nouveauは、気軽でないのでござるな。
どこよりも早く、手に入れて、飲んでと「縛られる感覚」をたのしんでいるような気がするのでござるが、世界的にみて、一体どこと、どこがこの先行飲みきりを愉しんでいるのでござろうか?
ワインの新酒なら、日本にもあるじゃないか!
と、思うが、酒屋に行っても、目立って置いてある様子がない。
一体、どんな人種なのか?
やはり、名前でたのしむ、見栄っ張りが多いのでござるな。
食べ物も「おいしいから」ということではなく、「どこどこの品物」は「おいしい」という、中身がどうのうこうのと、まず言って、そのものの味がどうか?ということなど「関係ない」のでござるな。
まさに、「そんなの関係ねー!」
という時代なのでござるな。後で、偽装だ!と騒がれたら、いったいどんな反応を示すのでござろうか?
そちらのほうが実にたのしみでござるな。
貴重な体験をしているでござるなw。
なんてことはないことでござる。
今、表を向いているのは、裏があるから表を向くのでござる。
手の平が開いているなんて変な表現でござるが、握るの反対が開くでござるな。
裏ばかり見ていては、表は見えないというのでござるが、裏が見えるから表が見えるのでござる。
さて、何を言っているのか?
難しい話なのか?
と思うのでござるが、明るいのは暗いのがあるから、明るいとわかるのでござるな。
決して難しいことではないのでござる。
当たり前と思っていることがらには、必ず表があって裏がある、のでござる。
裏返しが気持ちが悪いから、表に返したくなる。。。というのが常でござるな。
ところが、裏のままが良い!とは言っても、裏のままが良いと言っておきながら表を意識しなければ裏などないのでござる。
はて?裏のない表などあるのか?
と考えるが、これが実に難しい。では、裏も表もない!なんてことはあるのか?
「ばーーーか」
「ばかじゃないもん」
という子供の掛け合いがある。
「ばかでないことないもん」
「ばかでなくないことないもん」
と永遠に続く。
偶数の世界では、必ずひっくり返される。
ところが奇数の世界では、どうなるのか?
考える事が恐ろしいでござるな。
反対の反対は?
結末を迎えるのか?
と考えるが、反対の反対ということが起きないから怖いのでござるな。
偶数の世界で奇数の世界を説明するからおかしことがおこるのでござる!
と思うが、
じゃんけんを考えると
じゃんけんは勝ち負けが偶数の世界であって、技は奇数でござる。
奇数の世界を偶数で説明しているかのような不思議な遊びでござるが、
3人で同時に別々のものが出たら、決着はついているのか?
というのが問題でござるな。
そのあたりは、専門家に任せる事にしようと思うのでござる。
実は、表と裏で考えていると楽なこと起こると思い始め、常に、2種類のできごとを自分の身に振りかけておくのでござる。第3のという出来事は考えないようにすると不安はなくなる。
例えば、これからでかける先でうれしいことが起こる。
もうひとつは、嫌な事も起こる。
始めから、うれしい事が起こるかもしれない。。。。と思いながらでかけて、出先で嫌な事が起こると一気にテンションが下がる。ところが、嫌な事も起こるなら、と出かけていると「当たった!」と言ってテンションが保たれるのでござるな。
これは、占いにはまっている人におすすめでござるな。
つまり、今日のできごとを占いに頼ると、その通りになるだろうと信じて行動してしまうが、まったくその逆を考えておくのでござる。すると「はずれたことが当たった!」と自身がまさに占い師のような気分になるのでござる。
「何も起きなかった」
というのは、考えないようにするのでござる。ならば、占いなどに頼らないほうが良いのでござる。
この表と裏の考え方は、実は身近にあることで、
用意周到にものごと準備しておくと、起きなかった時に「なーーーんだ」とがっかりすることがあるが、これを良しとする考え方なのでござるな。
夜道をひとりで歩いていて、もしかしたら人に襲われるかもしれないと、「きっ」と構えて歩いているが、何も起きなければがっかりする反面ほっとするのでござる。ならば、最初から警戒体勢に入って夜道を歩いていれば、何が起きても大丈夫なのか?と言うと、実際に事が起きた時に、警戒態勢から攻撃に入れるのか?と言うと実はそうでもないのでござるな。起きなかったことを考えて警戒態勢に入っているからなのでござる。
始めから、何も起きないと思っておいて、事が起きた時に攻撃態勢に入れる事であり、何も起きないや!と思っていて何も起きなければ、これは「ほっ」とするのでござる。
理解できるでござろうか?
と、こんな考えにも裏があると思うと、これこそ、パラドックスの世界に引きずり込まれてしまうので、ほどほどに。。。。。というのが落ちでござる(笑)。
スポーツのテレビ中継を見ていて、解説、実況の人が訳のわからない話をしているなー、と思うのは世間一般でござるな。スポーツは生で観戦するのが一番でござる!などと言われるが、テレビではなかなかの場所で、家にいながらのんびりと観戦できるから、良いのでござる。
ところが、テレビの音声はスポーツの音よりも、解説席の音の方が多くて、実に不快なものでござるな。いま、どうなっているのか?を教えてはくれない。今、どうなっているのかは?見て理解せよ!というのが最近のテレビでござるな。
さて、野球中継はラジオで聞いているのが一番気分が良い。しかし、地上デジタル放送とラジオの実況中継を合わせると、地上デジタル放送はみごとに2秒近く遅れているのでござる。
これが実に不快。
あと何年かすれば、地上アナログ放送が終わってしまうのでござるが、そんなことホワイトカラーの連中は知る由もない。これから、ラジオが予言者で、テレビは予言の的中なのでござる。。。。と思うと実にスポーツ観戦など不快なことこの上なし。
と、文句を言っておいて、ラジオで野球中継、競馬中継がおもしろいのは臨場感がある。ということなのである。なぜなら、テレビで映っているもの、そして、誰もが注目する部分に音声だけのラジオが生々しく放送するからである。
ところが、サッカーはどうか?
サッカーはテレビで見ていても、ボールの行方を追いかけるのが当然だ!と思うのでござろうが、サッカーはワンマンプレーのスポーツではないのでござる。実は、ボールを追いかけているよりも、ボールが人と人をつないで行くのでござる。特に、ヨーロッパのリーグの試合を見ていると、面白い事にボールばかりを写していないのでござるな。途中から浅く引っ張り、ある程度の距離が見えるようにしているのでござる。サッカーを知っている人には、ボールの行方よりも、
「あいつはどこにいるのか?」
が実は気になるところで、作戦を学びたい時に、局所的に見ていては理解できないのでござる。素人がサッカーを見ていても、なんであんなところに、あいつがいるのか?
などと思うシーンがあるが、これはボールの行方ばかり追いかけているテレビでは「理解できない」のでござる。
そんな中、ラジオでサッカー中継をたまにやるのでござるが、これが聞いていて
「実に理解できない」
のでござる。野球と同じ解説の仕方、実況の仕方をしているので、サッカーのバランスがとれていないので、野球中継を聞いているのと同じ。つまり、サッカーはボールを蹴った選手がゲームの鍵を握ることになるので、サッカーはやはりワンマンプレーなのだ!と言わんばかり!
と、なると小僧サッカーでもそうだが、練習!というとシュートの練習しかしない、野球でもホームランの練習しかしないというような、ボールの行方の鍵を握る部分しか練習しようとしなくなるのである。
野球が成り立つには9人そろっていなければ、試合にも出してもらえない。
サッカーでは11人はいないと試合に出してもらえない。11人が、ボールの道を作ってゴールネットを貫くのでござるが、蹴っている人間だけ見ていては、11人の縫い目というのが見えないのでござるな。
これではそのスポーツが見えないのでござる。
と、いろいろなものをラジオで中継して欲しいな?と思う。。。嫌がらせな愉しみでござるが、この間行われた全日本の剣道選手権。あれをラジオ中継したらどうなるのか?
テレビでは間合いを詰めて、じっとしているシーンでも「何か」しゃべらないといけないと思っているアナウンサーは解説に聞いている。民放じゃないんだから、うるさい!肝心のこのシーンをじっと実況してみたら、どうなるのか?
と思うのだが、実況できない素人アナウンサーなのでござるな。
「赤、右足を一歩前に出しました、白、じりじりと左足を下げ、剣線をのど元に置いたまま、主審の方へ後ずさりが始まっております。赤はいつ絶好の機会を見ているのでしょうか?赤の剣線が揺らいでいるのが気になりますが、白は誘いに乗って来るのでしょうか?白の後ずさりもなかなか気になりますが、主審が右に移動しました。副審もそれぞれ、右に移動を始めました。赤が攻めているように思えますが、白は防御の態勢をとりながら、赤の竹刀を取り込んで返し技を狙っているのでしょうか?赤の剣先が、だんだん大人しくなってきました。白は、相変わらず剣先を動かそうとしておりません。お互いじりじりとすり足の幅が狭くなって赤が白を場外線まで追いつめております。このまま場外線を出たら、白は反則一本となってしまいます。こういうのを背水の陣というのでしょうか?しかし、背水の陣となれば、白は上段に構えていないと、あまり意味はないですね。わたくしのボキャブラリーをお披露目しても仕方がないのですが、失礼いたしました。さて、白はこれ以上後がありません。赤は、じりじりと前に出ております。剣先と剣先が触れました。一足一刀の間を越えております。どちからが動いたら、これは勝負が動くでしょう。しかし、お互い、剣先が触れたところから微動だにしません。赤の頭が岩のように動かなくなりました。白は、すでに出る事を考えております。さて、このあと、どうなるのか?と、ここで主審が「やめ」のコールをしております。審判がこの間合いを嫌いました。お互いが始めの線に戻ります。ここまでじっとしているとやはり試合が進んでいないということで審判はお互いに「注意」を与えておりますね。昔なら、じっとしたまま5分などあっという間でしたが、最近はだまって立っていることができませんので、早く勝負を切り出さないといけないですね。。。。」
と、嫌みをこめてこんな文章を書いてみたのでござるが、こんなシーンは見られないでござるな。剣道を見ていて、じっとしているなんていうのはだいたい「つばぜり合い」のシーンで「やめ」がかかる方が多い。構えていて、「やめ」がかかるなどというのは滅多におきないでござるなw。
と、一対一の試合であっても、実況が難しいものがあるのでござる。柔道など、柔道着の襟のどこをつかんでいるのか?そでなのか?など、テレビを見ていても、ラジオを聞いていてもなんだかよくわからないのでござる。サッカーは人気があるから中継が行われるが、これがラグビーやアメフト、バスケ、アイスホッケー、体操競技、とオリンピックのそれぞれの中継を実際わかるように放送するアナウンサーがいたら、どんな中継になるのか?
実に興味があるもので、どの放送局を見ても、解説との雑談放送局が多い中、仕方なくラジオを聞いているというところである。
ま、その中でラジオ中継で実におもしろいのは、競馬中継。これは最近のものを聞くよりも、ラジオ日本に名アナウンサーがいて、この中継を毎週日曜日に砧公園の芝生の上で気持ちよく聞いていたのを思い出すのでござるな。競馬には興味がないが、競馬中継から流れる軽やかなカタカナの羅列。興味がなくても、とあるカタカナに注目してしまうのがすごい。最後尾の馬まで実に見事に放送され、まさに、その場で競争を見ていなくても、幻の競技場で芸術的なシーンを展開するのでござる。
競馬だからこうなのだ!ということでなく、放送局の制作はもっと頭を使って仕事をしてもらいたいものでござるな。アナウンサーはもっと言葉の勉強をしてくれ、元々頭のいいと言われる学校を卒業して、試験、面接と何度と繰り返して選別されているわりには、タレント養成学校と化している現在。ちやほやされるだけなら、見ないし、聞かない!でござるよ。
オイルショックでトイレットペーパーが店から消えた。
世の中には、実に愚かな人が多いと言う事がわかったのでござる。この世代、今では60を過ぎて、のほほんとしているのでござるが、金余りもなかなかなもので、この値上げ騒動で、何に金を使い始めるのか?
今の子供の教育が悪い!と騒いでいたって、教育している人だって頭が悪いってことなのでござろうから、「悪い」と唱えている人が日本人全体を否定しているようなものでござる。教育が悪いというのなら、自分たちは良い教育を受けたのか?と思うと、「いい先生がいた!」というだけで、学んだことなど、自分の生活には役に立っていない。そんな人間が世の中を動かしているのかと思うと、やはり、経済は安定しない。
つまり、今も昔も経済の動きは、言葉によって上げ下げが起きており、自然な物の流通が起こしているのではないのでござるな。この言葉というのは「メディア」なのでござる。
「値上げ」すると騒げば、値段の上がる前に現在の在庫を一掃してもらおうと、買わせる。特に、必要なくても買わせる。当然、買い占められたら、お店としては困るので、
「まさに、在庫0と言わんばかり」の動きをするのでござる。実際は、在庫が0なんてことになったら、そのお店は余計な出費をしてその品物を手に入れなければならないから、在庫を0にするなんてことはしない。むしろ、渋って、値上げした時に他のところよりも安く出せるのでござるな。
作戦でござる。
正直に、在庫を売って、なくなったら仕入れるなんてことをやっていれば、仕入の時に値上がりの状態で仕入れるのだから販売する方は、今までよりも値上げするしかなくなるのである。もともと在庫を持っていれば、他が値上げと言っても、特売なんてことは可能であり、通常は値上げすることなど平気であり、全体の状態からみて、儲かっているようでも値上げにより「仕入から売り上げ」までの金銭の動きは増収になったとしても、お店全体としては「値上げ」により「減収」になるのでござる。
これでは、販売側は困るということになる。消費者は「値上げ」されることにより、買い渋りをするのだから、なんとか買ってもらわなければとなるが、ここで、「メディア」が
「ここが買い時である」と動かすと。。。。(実際はこんなこと言わない、これと似たような操作をするのでござる)一斉にその方向に動き出すのである。一種の宗教的ヒステリーでござるな。
昔から、宗教と経済が関わりがあるのはなぜか?と思っていたのでござるが、最近、なんとなく見えて来たでござるな。。。。。というのが実は締めの言葉なのでござる。
物があれば、高くても買う。しかし、高くても買うのなら、値段をつり上げても買うのか?というと、一斉に値段がつりあがることはないので、安いところに流れる。安いのはどこか?という情報を取り出すために徒党を組むが、売る方も徒党を組んで一律の値段にするのでござる。これで、お互い売上を共有する事になる。
そんなことを繰り返しながら、流通が成り立って行くのでござるが、この中の穴を探す事ができるようにならないと財布のひもは緩みっぱなし。。。働き手、稼ぎ手は朝から晩まで毎日働かざるをえなくなるのでござるな。
これがいかに、頭を使っているのか?
という差でござる。
教育のせいにするのではく、個人の頭がいかに頭を動かしているのか?によるのであり、何かのせいにするのは、かえって、頭の悪さをむき出しにしたことになっているのでござるよ。恥ずかしいでござるよ。
先日、小沢民主党代表辞任!の話から、今に至っても大騒ぎでござるな。
朝から、テレビの番組では、好き勝手に言っているが、小沢氏がタレントかのような、民主党が芸能プロダクションかのような報道をされているような気がする。
というより、テレビに出ているコメントを聞いていても、政治の話ができない個人的な頭悪い発言ばかりでござるな。ラジオもそう!
そして、新聞に至ってもそう。
もう、日本の政治に関しては、芸能記事と同等の扱いなのか....全く無関心で、マスコミがとりあげることも、スクープ!とか言ってくだらないネタをあげているのと変わらない。
なんか、ここのところ、3日目にしても、腹立たしさが収まらないのでござるな。
これじゃ、子供までも政治の世界は芸能界と変わらないのか。。。。と思うでござるよ。
まず、政治家の一発言には、必ず経済の動きがあるのでござる。
また、何かを隠すのに使われるし、何かが隠れるのにもってこいなのでござる。
だから、何が起きたのか?
そこを追求しなければならないのでござるな。
小沢代表が代表辞任!というところには、党を辞めるとかというくだらない話が起きているのではない。小沢代表を持ち上げて衆議院解散を狙っていたものを、小沢代表が降りるぞ!となれば、衆議院解散に踏み込めないという弱さをなんとかしようと考えるのが、普通であり、そんなことができないことが、この国の弱さ。
さらに、解散だけを狙っていた、野党に対して、その阻止策として、党首会談があったが、防衛省問題で、とんでもないことが起きたのではないのか?
さらに、自民党の古賀氏が邪魔者がいなくなったところで、また道路問題を引っ張り出して来ている。いまや厚労省だけが表沙汰にされているが、こうなったら、みんな開けっぴろげにしないと、大変な事になるでござるよ。
何かが、雲隠れを始めたのでござる。
最近のマスコミの動きは、一つの面でしか捉えないから、このあいだ、接待でわんさか騒いだら、今日には小沢で騒ぎ、その前は亀田で騒ぎ、その前は朝青龍、みんな忘れて行くのでござるな。
後ろに置いて来たマスコミの食べかすは、今、どんな不穏な動きをしているのでござるか.....
実は、そこが大事なところなのでござる。
それは、世の中の動きとして、マスコミは常に目を光らせていなければならないことだが、今はいろいろな親分がマスコミに規制を与えているとしか思えないのでござるな。情けない話でござる。
だからこそ、真実が全く見えない世の中になり、何もかも無関心の時代になっているのでござる。
それなら、何を見ても、何も信じなければ良いのでござるよ。
聞き流すだけ
と、実感したのは、今でござる。
明治以降、郵便が国の物になって、年に何度か国民一体となって手紙やらハガキを書いて送っていた。
これから年賀状の季節でござるが、
なんで、年賀状を郵便局で買って、年賀状を出すのか?
民間事業になって、郵便業務の資格を取れば、年賀はがきだって他の民間企業でも発売できるのでござろう。
となれば、
お年玉つき年賀はがきなんてものが、国のうんぬんではなく、
普段のハガキにしても、切手にしても郵便を出すところにおいても、
なにか消費者に対しても利益をもたらす、新しいことが起きておかしくはないのでござるな。
まだ、一本化されているでござろうが、
これから、郵便局は年賀はがきの売上が下がって行くでござろうから、
安心はしていられないでござろう。
ただ、なんとなく、国民行事とばかりに思われている「年賀状」は、これからどうなっていくのか?
実はたのしみでござるな。
なにせ、電子化されている時代に、わざわざハガキに書く、印字するなんてばかばかしいと思っている人が多くなっているとは思うが、電子メールがそれに変わって行くでござろう。
ただの紙に、手作りで飾りづけして、手書きの文字を書いて送る。
年賀状だが、「お年玉付き」でなくても喜ばれるのか?
年賀状は「お年玉」がついていないと、読む気になれなくなっているのでないか?
また、写真がついていないと、気の利いた絵が入っていないといけないのでは?
そんなこと思っていないでござるか?
年賀状を出すことの意味を考えて、年賀状を書いておるでござるか?
不思議な世の中でござる。
民営化されて、郵便業務に「喝」が入ってもらえれば、良いと拙者は思っているのでござる。
「しなければならない」
のではなく、
「しよう!」
と変わるのでござるよ。それがボケないコツでござるな。
なんで、天気予報が当たらないのだろうか?
それは、情報が多すぎるからでござるな。
また、コンピューターに頼りすぎているからでござるな。
想像力が欠如しているのでござろう。
ただ、それだけなのでござるな。
長年、天気とともに生活している人にとって、天気予報などというものは関係ないでござろう。
だから、天気予報士などと言って、若い人材が昔のデータを見て
「こうだ!」
と思っても、その当時の天気を知らないのだから、天気予報などできるはずもない。
ただ、それだけなのでござる。
今の時代の天気を自分の体に焼き付けて、昔の天気を知っている人と一緒にやっていく...これも跡継ぎと同じで、継承して行くものでござる。。。。と思うのでござるが。
なんか、これだけの知識があれば、天気予報士になれる!
という制度は良いのでござるが、日本全国、そして、世界の天気の状況をもっと研究して
たかが、一枚の「天気図」から何を想像できるのか?
という訓練が必要なのではないのでござるか?
今は、天気予報士の資格がなくても、インターネットでアメダスなどのデータをリアルタイムで見る事ができるが、あれを見ていても、この先どうなるのか?
単純明快に変化を予測できない。
それは、外にいないからでござるな。
室内にいては、天気などわかるまでもないのでござる。
天気予報は、外に出て調べるのが一番でござるかな?
女はこうであって、男はこうあるべきである。
こどもは、こう育ち、女の子はこうあるべきであり、男の子はこうでなきゃいけない。
なんだか、最近こんな話題ばかりで、なんで、そうなのか?
と、いうと、今最も多い年齢の人間が、住みにくいからなのである。
ただ、それだけ。
そして、いつまでも「威張る」っていたいのである。
情けないことでござるな。
年をとると、スタートには戻りにくい...と思っているのでござるが、最近は、その年寄りという感覚が30代、20代と極端に若くなっている。すでに、先が短いからスタートに立てない!
と勝手に決めて、「威張る」ことに専念しているのでござるな。
その反対に、60代は変なのが多いが、70代以降になると、まだ生きているという感覚から
「まだ、頑張ろう」という気力があふれている。
なぜなのか?
と思ったのだが、それは生活空間の問題なのでござろうな。
最近、やたらと宣伝している、3丁目の話でござるが、結局のところ何がいいたいか?
「あの頃はよかった」
ただ、それだけなのでござるな。これを一生懸命唱えているのは
50代、60代の連中でござろう。
自分たちが、盛んだった頃の話。
ただ、それだけ。
今から、なんで頑張れないのか?
そこがわからない。
「コンピューターばかりで、ついていけない!」
なんて言ってはいるものの、コンピューターの創世記がその頃であり、コンピューターをばかにしたのもその頃である。そのまま乗り遅れて、今に至っても、今の時代から乗れば良し、そうでなければ
乗らなきゃいいのであって、世の中、それだけしかない!と思い込むのもその人たち。
そして、その子供が影響受けて、「頭が固い」。
そして、またその子供が「おかしい」。
そうなると、生活しにくいのはよくわかるところであるが、なんで自分がそうしてしまったのか?反省すれば良いことであり、これからまだ、長い年月生きて行くのだから、考えれば良いのに!
と思うのでござる。
何もする事がなくなって、ただぼけて行くだけの人生など、何が面白いのだろうか?
とこちらは思うが、そこで、何をし始めたかと思ったら、公共洗脳でござるな。
やはり、どこか間違っている。
昔は良かったなー、と言うが、昔の何が良かったのか?
拙者からすれば、昔の年寄りは良かったなー。
活気があり、元気満々で、体に張りがあって!年寄りの格好をしていても、若者と変わらない人ばかりでござった。
銭湯に行けば、自分の体を自慢しているジジイなど、あちこちにいたなー!
(今は、銭湯に行くと、本当の老人ばかりでござるな。)
昔は良かったなー!
と懐古するのは、死期が迫っていること。
世の中全体が死期を迎えるのか?
なんか、めちゃくちゃだなーと思ってはいたが、そういうことだったのでござるか?
なるほど、ビール値上げでござるか。
ビール飲んでないが、第三の麦系低アルコール飲料は飲んでいるのでござるが、これも来年値上げでござるな。
新聞を見ていると、○○ホールディングスなんて会社がよく出て来るようになったでござるが、気にしないで見ていたものの、はて?
なんでござるか?
と思ったら、holdなのでござるな。
戦後、財閥を解体した占領軍がこの持ち株会社制を廃止したものの、当の欧米で持ち株を行ってあちこちの会社を飲み込み、一種の財閥を作り上げている。そこで、日本の優良企業に目をつけた欧米軍が「持ち株制」を撤廃せよと迫り、日本では泣く泣く「てめーの勝手で取り上げたのに、また復活かよ!」とばかりに欧米に乗っ取られて行く。
と、そうはされちゃ困るぞと日本の中で飲み込み現象が起きて、今や銀行も数行しかないという始末でござるな。
まずは、合併したり飲み込んだりして大きくなり、そして、小さな会社を傘下に入れて、他社から守るという形をとっているのが
このホールディングということなのでござろう....と理解したのでござるが、間違っているかどうかわからないでござる。
特に、聞いたわけではないでござるからのー。
まー、世界的にバブルの時代に入っているので、あまり派手な行動はしないことでござるな。
なにせ、日本では秒進分歩の商品流通で会社が火の車でござる。
値上げ、値上げでまたどこぞ(マスコミ)の悪情報により、買い占めなんて起きなければ良いのでござるがね。
なにせ、値上げなんて起きれば、消費者の買い控えが起きて当然なのでござるが、そんな消費者に金を使わせよう!とするのは販売側の作戦でござるな。生産を控えれば済む事でござろうが、生産側が今までの収入を減らしたくないという悪循環から、販売側、ストック側、生産側はもう大変な状態になっているのでござる。
また、冬の時代がやってきそうでござるな。
官の不祥事が大きく取り上げられているでござるが、
「国の責任でござる!」なんて首相が発言したものの、国が責任を取るというのは保障問題を国が行うということで、つまり国が金を支払うということ。つまりそれだけの財源を確保するには!
「税の値上げ」
なのでござるな。
思うつぼでござるよ。
金よこせ!
と国民が騒げば騒ぐほど、国民は金をまき上げられる!ということがわかっていないのでござるな。
やはり、ちゃんと勉強してほしいものでござる。
勉強嫌いなんて言っているようでは、金を無駄にまき上げられているだけでござるな。実に悲しい話でござる。
過激な話。
最近、気にした事が無いと思われるでござるが、
子供同士で遊んでいる現場には、大人はいないでござるな。
事故が起きても、まず助からないでござるな。
子連れの大人を見ていて、子供はどんな状態にあるのか?
言う事を聞かないから...と虐げられているシーンはよく見られる。
電車内でも赤ん坊が泣いていようが、泣かせっぱなし。目的地に着くまでしらんぷりでござるな。
歩道を歩いている子連れにしても、自転車が走ってくる方に子供がいて、大人は子供なんてそっちのけ。
自転車にひっかけられて、泣き叫んでから気がつく親...となりかねないでござるな。たばこだって、そう!ありゃ、押し付けられるでござるよ。
いやー、街中を歩いていて、子供が常に危険にさらされている...のを見ている。
事故が起こった後のインタビューというのか?記者会見であれほど泣く...というのは何なのであろう。
子供は危険にさらされている。
確実にそれだけは言える。
街中で巡回などしても、巡回など意味がないでござるな。人が常にいないとね。
野生の動物達の世界を見回して....考えてしまったが、子供を危険にさらしているのは自分が助かりたいからなのでござるな、いわゆる、生け贄でござるな。
そう、考えると、人間の親を見回すと、子供に危険がないか?と周りを気にしている様子などない。自分の身の回りのことで手一杯でござる。歩いていても、自分が前にぶつからないか?...行列で並んでいても、待ち時間のイライラがたまる一方、子供などそっちのけ。たまに、鬱憤をはらす。
海外の映像で野良猫の生態を写すものがあったが、娘ネコは母親ネコといっしょに暮らしていて、発情期を終え、妊娠。娘ネコも母親ネコも子供を産んだ。母親ネコはベテランでござるから、えさ取りは朝飯前でござる。娘ネコは初めて親になり、子供のために餌を取りに行く。ところが、餌取りにてこずり、なかなか餌が取れない。やっと餌が取れたと思ったら自分のお腹が空いていて、自分で食べてしまった。その間、何日か開いていた。ある程度子から離れてしまうと、親権放棄なんてことが起こるようである。結局、娘ネコの子供たちは、母親ネコの子と一緒に育てられていた。娘ネコは何食わぬ顔をして戻って来ても自分の子供は育てずなのでござる。...というものなのでござるが、なんか、似ているでござるな。
野生動物の世界にもあるのでござるか....と、考えると、世の中は大ストレス状態でござるから、仕方がないでござるかな?
いやー、怖い世の中になったものでござるな(いろいろなものに発展する話になってしまった)。


昨日、午後ぷらっとでかけたら、日本橋でお祭りやってました。
みんな写真やらビデオやら、と撮っていたので、いっしょに混ざって携帯電話のカメラでぱしゃり。
この日、MBTで11000歩。
毎日続くが、だんだん、お尻が締まって来た。
脇腹が締まって来た。
姿勢が伸びてきた。
脚がかっこよくなってきた。
体重は安定。
お腹が空いて来た。
便通が良くなって来た。
いいことばかりでござるな。MBTすごいぞ!
さいきん、くだらないつぶやきが多くなってきた・・・・精神的不安定状況に押し込まれているような気がするのでござるな。
「責任を取る」っていったいなんでござるか?
とある、ところで、「事故が起きたら責任とって辞めるから、大丈夫、大丈夫」
って、何が何の責任なのか?
理解できなかったのでござるな。
事故が起きた責任は自分にあるので、辞めてお詫びする・・・という意味でござるかな?
責任を取る・・・・イコール・・・・・辞職する
意味が違うと思うのだが、現代の大人が、こんなことを平気で口にする時代でござるから、
いったい、いままでどんな勉強をして、どんな学問を学んで・・・というのがよーーーくわかるでござるな。
「○○はよく反省していますので、大丈夫です」
反省しておりますので・・・・・というのが意味がわからない。
「こんなことになってしまって、とんでもないことをしてしまった。済まないという気持ちでいっぱいです。どんな謝罪をしても許してはもらえないでしょう。」
・・・・・・
とんでもないことをしてしまった・・・・過去形で構わないのだが、今は、済んでしまったということなのでござるかな?
反省...が坊主?...よくわからない傾向でござるな。「頭をまるめて来い!」なんて言葉を聞いた事があるが、どういうつもりでそんなことを言っているのか?
一度聞いて、ひどい目にあったことがあるが、答えられないのを良い事に、暴力を受けたのでござる。それこそ、謝罪ものだが、勘違い人が多いので、仕方の無いこと。頭の中は、今も戦時中なのでござるよ。
さて、坊主頭に...と言っても、ただバリカンで刈った頭を見せて、「反省」というのが実に滑稽で、無毛状態まで剃り上げた頭を見ても坊主と言う。
坊主頭の定義が実にあいまいでござるな。
髪の毛を短くすれば、「はげ頭」「ぼうず頭」とののしられるが、「短髪」がもてる時代である今にとって、「短髪」をののしるのは...実におかしなところ。むしろ、「坊主にする!」と言って、「短髪にする」のは、ファッションを見せつけているのと変わりがない。
これが反省なのか?
「短髪」にして、恥ずかしいから、帽子をかぶったり、顔を見られるのがいやだからと言って、サングラスや変装をするのは...これは反省ではないでござろう。
「反省」とは何なのか?実に不思議な言葉でござる。これから、こんな言葉を聞いても、「あ、そ!」と聞き流すだけでござるな。
「謝罪」
あやまる!・・・・「申し訳ない」と言えば済む問題なのでござろうか?
最近、テレビをつければ、「謝罪」ばかりで、この謝罪には何の意味があるのでござろうか?
それはそれで何か意味があるのだろうが・・・・
マスコミがこれを持ち上げると、テレビを見ているみなさんに火がつく・・・・。
ところが、別のことをマスコミが持ち上げると、さっき火をつけたものが「鎮火」してしまうのでござる。
これが、「謝罪」の意味のなのでござるか?
マスコミの前で「謝罪会見」をし、いったんは「非難を浴びる」対象になっても、
マスコミが別の「件」に盛り上がれば、お役ご免(汚役免除?)なのか?
テレビ番組で謝罪なんて言って、頭を下げたり、「深くお詫びします」と言うだけなんてシーンはよく見られるが、それでも、調子に乗って言いたい放題の出演者...あれこそ、辞職、停職、謹慎ものではないのか?出演者に問題が無いなんてありえないことで、原稿をそのまま読むにしても、良識があれば文句をつけられるはずである...ま、常識がない人が多いので、視聴率が稼げれば、自分の認知度が高まればいいという程度しかないので、仕方のないこと。マスコミに自粛せよなんて勧告が出ないものか...それは無理な事で、お役人や議員と関わりのあることだから、まず無理でござるな。
テレビをつけても、ラジオを聞いていて、新聞を開いても、電車の中吊りを見ても、街の電光掲示板を見ても、・・・なんだかくだらないことばかりで困ったでござるな。
ま、結局は意味のない言葉でござるな。
東京駅の地下に「銀の鈴」の待ち合わせ場所がある。
それが、つい先日リニューアルされた。
見に行ったばかの一人でござる。


まーーーーー、人人人でござる。
銀の鈴の周りなど....それほど人はいなかったのでござる。
ところが、なんでこんなに人が....
Granstaという。

これは、横須賀線、総武本線降り口側からの入り口でござるが、もちろん地上階からの入り口もある。そちらは、わざわざ、目立つようにエスカレーターの降り口を付け、ぐにゃぐにゃと曲がったエスカレーターで降りてくる。
あんなところに、降り口があったのか?
というところにあるでござるな。
で、このGranstaは改札をくぐらないと入れないでござるから、東京駅で列車を待つ間に、これから出発だけど、今着いたよ!
というお客のために?
作られたものなのでござろうが、どうみても、そんなことで東京駅の乗降客が増えたとは思わない。
むしろ、これが目当てで、仕方なく東京駅に入場した!または、有楽町イトシアを見て、その次は東京駅よ!というお客がほとんどのように思えたのでござる。
いったい、どこにこれだけの人が隠れているのでござろうか?
と、この時、大急ぎで有楽町に移動してみたが、やはり、こちらも混んでいた。
あいかわらず、クリスピークリームドーナツは1:40という看板が立っていた。
どう見ても、そんな行列ではないのだが...。
北海道のあれや、三重のあれや、秋田のあれや、と、大変だ!
と騒いでいる世でござるな。
まったく、何を騒いでいるのやら・・・・と思ったのでござる。
中国地方で「毒キノコを誤って販売してしまった・・・」というのは、こちらの方がとんでもないことで、
買って食べて食中毒を起こしたというのでござるから、まさか、買ったものでひっくりかえるとは・・・
と思うのでござる。
ところが、今、大騒ぎしている話は、買って食べて、みんな「おいしい」と食べていたのでござるよ。
表記を間違えているだけで、大騒ぎ。
世の人は「文字を食べている」のでござるな。
たとえば、同じ品物でも
「ブランドの名前がついているもの」と「そうでないもの」と2つあったら、
どっちを買っているのか?
ここに値段の差が生じているのだから、世の中変な話でござるな。
だいたい、食べてわからないものに文句をたらたら言っているのだから、もうこちらが聞いていて腹が立ってしかたがない。
別に会社側を擁護するつもりは、これっぽっちもないのでござるが、消費者側の「あほらしさ」に腹が立ったのでござる。
腐ったモノをうまいと言って、あちこちに触れ回っているような連中と付き合いたい!なんて思わないでござるな。
だからというわけでないのでござるが、大抵、もらいもの・・・というのには、「信用」を置かないのでござる。
知り合いなら、
「なんで、そんなもん!買うてきたんや!」
と嫌な顔をするもので、知っている人は買って来ないでござるな。嫌な野郎でござる。
しかし、こちらがおみやげで買ってきた物は、
「喜んで、受け取る」
のだから、不思議なもので、こちらが毒を盛っても、「喜んで食べるのでござるかな?」
拙者は生き残っても、周りは死んでしまうでござるよ!
なんて、極端にものごとを考えるでござる。
それにしても、
「うまい!」
と公的に騒いだのなら、最後まで責任を取ってほしい世の人よ。
三重の例のお菓子は・・・事件!となった隣接した日に、百貨店のイベントに出店の予定であったでござるが、急遽、出店しません・・となったでござる。毎年売っていたような気がするのでござるが、昨年行列をなして買っていた人のことを思うと・・・・大変、ばかばかしいものでござるな。
別に、食べて、お腹を壊した!と騒いだ人はいないのでござろう?
実に、不思議なものでござる。
「文字を食べる・・・・現代人」
食べ物を食べてほしいものでござる。
地下の謎・・・・の本を読んでいると「守秘義務」のお話がよく出てくる。
公務員は業務上知り得た情報を外にもらしてはならないんでござるな。
ふと思ったが、
天下り先で、自分の蓄積データを振りまくのは・・・・守秘義務違反じゃないのか?
というのと、公務員の着服が発覚した・・・というが、発覚したのはいつも終わってから・・・どうのこうの。
たぶん、内部告発じゃないか?
と思ったが、この内部告発・・・・ってのも公務員の場合、守秘義務にひっかかるのでは?
と、つまらないことを思った。
つぶやきでござる。
食の番組は減らないでござる。
それだけ、食に対して飢えている・・・ということでござるな。
お金に困らない人が増えたのでござるかな?
家で食べる料理に不満があるのでござろうか?
デパ地下巡りは欠かさず出かけているのでござるが、
「これだ!」
という品物に会うことが少ない。
グルメを語る人・・・と話をしたことがあるのでござるが、
「あそこの店はうまいなー」
と店を語る人が多い。
い:「店がうまいのでござるか?」
ろ:「いやいや、あそこの出すモノはなんでもうまい」
は:「そうそう、あそこは旨いものを出すよな」
い:「じゃ、何がうまいのでござるか?」
ろ:「あれと、これと、それから、あれもそうだし、これもそうだし・・・」
は:「そうそう、あれは、うまいなー」
い:「なんだ、じゃ、それがうまい!と言えば良いのでは?」
ろ:「いや、そうじゃなくて、あそこには日替わりでこんなものが出てくる」
は:「そうそう、あの日替わりは最高だな」
い:「じゃ、それが旨い!と言えばいいのでは?」
ろ:「そうじゃないんだよ、あそこの店は食材にこだわっていて、その食材をどう料理するか、センスがいいのだ!」
は:「おまえ、いつも何を食べているんだ」
い:「食材にこだわって・・・と言って、その食材はどこがいいの?」
ろ:「この食材は作り方からこだわっていて、大量生産されてないし、手がこんでいるんだよ」
は:「そう、あそこの地方で採れたあの食材は最高だな、おまえ食べたことないだろ」
い:「うちの近所のスーパーには、普通に置いてあるが・・・」
ろ:「おまえな、スーパーの品物なんてのは、だめだよ。ちゃんと市場で仕入れて、こだわったものは、直接産地から入手しないと」
は:「市場にはいいものがそろっているなー」
い:「スーパーだって、市場で仕入れているものあるし、産直品なんて今どこも当たり前でしょ」
ろ:「市場で安いのを入れているのと、違うんだよ。高級なんだよ」
は:「産地が違うだろ!」
い:「契約農家・・って言ったって、地元でないところから、採れたモノが何日かかって到着しているの?」
ろ:「そんなこと知るか」
は:「おまえ、ひねくれたモノの見方をするなよ。うまいものは旨いだよ」
い:「じゃ、あのスーパーの品物はうまいな」
ろ:「話にならん」
は:「まったく」
何を評価しているのでござろうか?
食材を調理して、加工して、あちこちいじくって出したら良いのでござるかな?
食材そのものの味を・・・と思ったら、そのまま食べたら良いものを・・・。
あちこちで、グルメ・・・と称する人が増えているでござるなー。
いったい、普段何を食べているのでござろうか?
お金持ちの考えることはよくわからんでござるなー。
「忙しいんだよ!」
って、よく聞くセリフ。
心理状態を冷静に考えると、
実に大人げない「逆ギレ!」なのでござる。
今の状態を見ることができない状態なのでござる。
今、忙しいわけでなく、今は頭の中がパニック状態なのでござる。
だから、こそ、
「あら、そう!」
と流せるだけの器が必要。
仕事が忙しい・・・なんて言っている人は、
仕事が忙しい訳ではない。
安らぎを求めている。
こういうときに、癒しを与えることができる人は
大きな人物でござるな。
忙しい・・・と言っている人に限って、忙しくはない。
なぜ、忙しい・・・なんてセリフをしゃべってしまうのか?
何かに頼りたいが、寄りかかるモノがない時に「つい言ってしまう」セリフなのでござるな。
まさに、宗教的発言でござる。
不思議なセリフでござる。
忙しい!というのが大変そう!というイメージを与えているが、忙しい!というのは一体なんなのか?
本来、忙しいならば、家には帰ってこないのでござる。
家に帰ってきて、「忙しい」という時は、さりげない安らぎを求めているのでござるよ。
これが家にいる人に求められる能力なのでござる。
これがわかるようになる・・・・には、家にいる人にとって、
家にいて、
「忙しい」
という状態がないようにしなければならない。
家にいて、
「忙しい」
という状態が起きると・・・・家庭不和に繋がるので気をつけたい事柄でござるな。
こんな不思議な状態・・・を考えるようになったのは、またしても不思議な余裕を身につけたことでござる。
ちょいと、別なモノに頼りたいと思っても、
なかなか頼れる存在がないが、
第三者的な頼れる存在が・・・危ないモノになると
まさに家庭不和に繋がるので、自分の中に宗教よりも大きなモノを身につける必要があると・・・・
実に思った今日この頃でござった。
教祖になれるでござるなw。
忘れた頃に書くのが、おもしろい。
先週、自動改札が故障してあちこちで、困った!ということが起きた。
なるべくしてなったのだから、仕方のないことである。
いつ、何が起きても良いように、拙者は心がけている。
自動改札がおかしくなったのは、何なのか?そんなことを素人たる我々がマスコミの力をもって知っても仕方のないこと。そんな情報が入ってきても、血となり肉となりとは、ならない。最近、なんでも原因を究明してみなさまに報告・・・というが、素人がわかることなら、専門家などいらない。
専門家が故障した原因を理解し、二度と故障しないように対処できるようになった!
と報道してくれれば良いのである。常に、原因は何か?とばかり報道される最近のマスコミにも「アホが多い」と思うのだが、「原因など1個で済むはずがないのである」。だから、マスコミで騒いでいる人間というのは・・・・100%を知らない連中ばかりだな・・・と思うのである。
と、いうのは、今の世にあるものは、100%の品物がない。
つまり、何年後に壊れても「おかしくない」物が巷にあふれているからである。
物作り日本なんて言われたのは過去の話で、現代は、物を作っている日本でしかない。アジア諸国と変わりがないのである。それの原因というのは常に幼少期、学生期にあり、テストで100点を採ることの重要さがわかっていない。学校側が100点を採らせていないこともある。また、常に飽きる・・・ということを放っておく。
これらが、「ま、いいか」主義になってしまうので、
何か事をするにしても、「ま、いいか」なのであり、このぐらい手を抜いても良いだろう・・・になる。
つまり、世の中にある品物すべてが、そんな調子で作られているのだから
「ま、いいか」物の中で生活する上で、「絶対の信頼を寄せて生活など」できないのでござる。
気がつかなかったでしょ。ふふふ。
・・・過去を語れば、自分が学生時代に、テストで100点を採ることだけを必死に考えていた。ところが、100点を取れない科目もあり、なぜ?採れないのか?と考えたり、教員に尋ねた。すると、「100点を採らせないように作っている」と回答があった。これには悔しかったが、自分の能力ではこれを打破することができず、悔しさでいっぱいであった。その後、テスト・・・というものが能力を測るものであり、選別機械のようにランクがつけられていく。それは当たり前だと思っていることだが、学校教育におけるテストというものが「訳のわからない」ものでは100点を採る重要さがわからないのではないか?
常日頃、言われたというよりも思わされていたことが、生産工場や修理工場において、お客様に完璧な品物を届けるためには100%の精度が必要である。100%が何なのかを知らなければ、100%を作ることができない。
そんな環境に育っているため、100%というのは、学校におけるテストの100点なのである。ところが、100点を採ると「妬まれる」のである。これがちくちくといじめに繋がったが、実は気にしなかった。なぜならば、競争社会で生き残れないからである。競争社会で生き抜くために、一人だけ抜きんでたモノを「ちくちく」といじくって引きずり下ろそうとする「愚か者」が多いのだ・・・と思ったからである。自分は、自分の信じた道を進む・・・と思えばこそ「なんとか」生き抜くことができた。それがなかったら、現代の若者と同じで「命を絶つしかなかったであろう」と振り返ることができる。
しかし、これが100点を採ることができない、100%の力を出すことができない・・・となると、以前自分を取り巻いていた弱者の仲間になってしまい、上のモノを「妬んで生活」するようになった。このとき、はじめて「弱者、愚者」の気持ちがわかったのである。100%を得られない・・・知りたくても知ることができない悔しさは並の悔しさではないのである。これを瞬時に手に入れることができるのは、やはり「天才」であり、これをじわりじわりとでも手に入れることができる人も「天才」であると思う。自身がこの「天才」と言っているのは「100%」とのつながりがある。「100%」とは、とある出来事を「100」までの値に変換して、その具合を100までの数字で調べることができるのである。
80%できれば、いいじゃないか!
では、あとの20%はできなくてもいいのか?このあとの20%にはまってしまったら、それは20%の欠陥にはまるも同じ。確率の話であっても、この20%に突入することは大きな事。
さて、さて、わかるでござるかな?この結末が。ふふふ。
日曜日に、有楽町イトシアをのぞいた。
丸ノ内線銀座駅から、銀座INZへの地下道を行くと、途中で有楽町への地下道が口を開けている。
と、さらに下の方へ向かっている地下道だが、ほどなく歩くと、上から意味深なでっぱりがあった。
左側に階段で下がって平らになり、また階段を上る通路もあるが、誰もが不思議に思うでござるな。
右側の通路は天井が低いので頭がぶつかるのではないか?と心配するのでござるが、
だったら、もっと掘ればいいじゃないか?
と思うのだが、不思議で仕方ない。
こんな通路、
新宿の都庁に向かう通路にもありましたね。
いったい、その上には何があるのでござるかな?
有楽町のでっぱりは、ちょうど外堀通りの下。
やはり謎の地下鉄が?いや、地下道があるのではないだろうか?
地下の話できっと取り上げてくれるだろう・・・と期待している。
ので、ござった。
後日、写真を撮ってきました。


今度はイトシアの方から来たので、解説とは逆になるでござるな。
それで、イトシアのビルに地図があったので、地図そのものに場所が書いてあった。


じゃ、この上は?って地図を見ればわかるが、高速道路の下というより、その脇の道になっているでござるな。ちょうどこの上はマリオンとイトシアの間の道路との交差したところ。

この写真は交差点から有楽町マリオンに向かって撮ったので、実際は向こうからこっちに向かって歩いて来たのでござるよ。
そして、

その向こうから歩いてきて、ちょうどでっぱりのあたりの真上がこの通りでござるな。今、写しているのが謎の階段の真上あたりということになる。
と、すると、このでっぱりが何かの道となれば、

この道なりに何かあるってことでござるな・・・。
実は、専門家ではないのでこんなタイトルを書いて、何を偉そうな!となってしまったのでござるが、いいタイトルが浮かばず。
群がる・・・というのは、今も昔も変わらないことでござるが、とある「宣伝」によって、そこに注目が集まる。そして、ただ注目するだけでなく、実際に人が足を運んで集まり、何かが起こる。
ただ、集まっても、買ってもらわなければならないので、そのための「宣伝」も行われる。
そして、買われていく。
ついでに買っていくなんてこともある。
これが経済効果というものなのでござろうな。
ところが、常に群がってもらわないと、周囲はおこぼれをもらえないので、注目の的に群がった販売側も必死である。
常に注目を浴びてもらうための「宣伝」が行き過ぎているのも事実であるが、「宣伝」というものをじっくり噛みしめて理解してみる(言葉重複している)と「不必要」も「必要」なのでござるな。
賑わいのあるところに「群がり」があるのか?というとそうでもなく、「元、賑わい」だったところが、「今、寂しい」なんてんことがあり得る。最近、そんなところが多くて、OPENすると「すさまじい賑わい」なのだが、一週間もすると「それほどの賑わいでなくなる」・・・・持ちこたえていないのが不思議で、そんなんでよく潰れないなー、と思うと実は「群がって」も「買ってない」ことがわかると、とにかく来てもらえば「なんとかなるように」仕組まれているようでござるな。
ただ、販売側はそんなことでは持ちこたえられないので、なんとか売らなければならない。箱側は「来てもらえれば」良いと考えているのと、中身側は「なんとか買ってもらわなければ」と思う大変なことが起きている。だから、常に新しいお店が変わるという仕組みを取り入れているところは強いのである。
その昔(それほど昔ではないが)、○○博物館というのがあったが、同じ店が入っていても「中身が変わらなきゃ」集客できない!ということに気がつかず・・・・持ちこたえられなくて消えた。期間限定の博物館にすればよかったのである。
あちこちで、期間限定!という「群がり」場を作れば、これは経済が活性すると考えたが、そんな場を提供できる側が大変であり、そっちが傾いてしまうのでござるな。
なかなか、何にしても難しいもので、極端に何かものごとが起きると、瞬間的には「活性化」されても、長期的に見て「何も起きていないのと変わらない」のではないか?と思った。
突風の中で、一瞬ついたマッチの火
突風の中でも、なんとか点いている線香の火(灯)
何が違うと思うでござるか?
exciteのニュースコラムはスタートページがexciteなので、トピックとしていろいろ出てくるから、気になると読む。
なにやら、もっともらしく、
「そばをうまくすすれない」女性が多い理由」
なんて、書いてあったので、なんだろう?と思って読んでみると、
現代らしい、「知ったかぶりの」論調で「ほほえましい」
また、これに対して、いろいろな意見のブログがたくさん。
「やはり、ほほえましい。」
(はじめてトラックバックというものに挑戦したが、特に、何ら変化が起きるわけでなく、向こうのブログに記録が残るということで、リンクがないと読めないということがわかりました。)
「すする」ことができない!
なんてことは、実はないと思っているが、年を経るにつれて「すする」ための筋肉が衰えてしまった・・・と考えることもできる。しかし、現代人のほとんどが、ストローを使っているのをよく見かけるが、ストローで飲んでいるのに、麺類を「すする」ことができないとは、おかしな話。
ただし、こんなことも考えられる。
最近、口を開けて生活している人が多くて、「鼻で呼吸ができない」なんてことも聞いたことがある。すると、口を開けっ放しにして、呼吸生活をしていると、ただ、肺の力でもって息が入ったり出たりしている・・・とすれば、口なんて動かす必要もない。普段は鼻で息を吸って、吐いて・・・というのは穴が開いているから、ここで通常の息の出入りができるのだが、口で呼吸するときは、よっぽど外気を取り入れるのに必要だから、口を使って、一気に取り込む・・・その動作が口の周りの筋肉を使うのである。
ところが、そんなことが必要でないんだから・・・・・退化していく口ということで、「あご」もそれほど必要なく、口元がすっきりした「現代で言う・・・アニメの世界のような・・・かわいらしい口元」という人ができあがっているのである。ま、こんな口にいろいろなものを「食べさせ、くわえさせ」なんてことが、もっともらしい「おもむき」になっているのだから、まー残酷なこと、と思うのであるが、それは他の人に任せて、勝手に書いてくだされ。
さて、さて、本題としてはこのコラムのおかしなところは、
そもそも「麺類をすすって食べる」
というのが変なところで、いつの間にか?「麺類はすすって食べなければならない!」ということになってしまった。
つまり、幼少期に大人から教わってないからなのであり、子供が大人と一緒に生活をしていない!ということを証明しているかのようである。
「麺類をすすって食べる」
なんてことは、「不器用な人」なのであり、これを「しなければならない」としたことによって、「不器用な人間」をわざわざ作り出している。「一億総○○」のように、「全国民に告ぐ」とばかりの権力者のようである。
最近、テレビを見ていて、うどんやラーメンやパスタやらライスヌードルやらと器用に口の中に放り込んでいるシーンを見かけて、「現代人は食べ物の食べ方を知っているなー!」
と感心したところであったが、こんなコラムが出回って「麺類は何でもすすって食べさせよう」とすることが起きてしまうと、困る!
先ほども書いたように「すする」という動作は大量に息を取り込む動作や、ストローを使って液体を取り込む動作やらというように「急激に口を通して喉へ放り込む」動作なのですよ。
つまり、口の中にため込んで喉へ流すのでなく、「口内をパスして喉へ流す」のが主なのです。
と、いうことは、飲み込んだ状態!
「麺類をなんでも飲み込んだ状態にするのはおかしいでしょ。」
と、最近、こんなおかしな現象から、とんでもないことが起きた。
それは、「うどんにのど越しを求めて改良された讃岐うどん」というものがはやってしまったこと。
不思議な食べ物で、蕎麦にしてもうどんにしても素朴に作ったら「のどごし」なんてものは考えることができずに、「ぼそぼそ」としているもので、なにせ、粉をどうにかした食べ物であるから、「すする」なんてことはなく、「口に放り込む」食べ物。それが、いつの頃か、そば粉と他の粉とつなぎを混ぜて強くして長い食べ物になってくると、これは口の中に放り込む訳にいかず、「すする」動作をしないと口の中に放り込めない。ところが、また、ここでうっかり飲み込んでしまったために、「喉がつまる!」なんてことがおきたのだろうけど、実は、「口の中で噛むよりも喉を通過した方が気持ちがいい(これは海外にもある現象で「ディープスロート」という言葉がある。ま、調べれば下の話に繋がるので興味がある人は調べてみてくださいな(拙者はよく知っているけど)。スペルも載せません。)、じゃ、「すすって、流してしまえ」となって、蕎麦の固さを調整した。
蕎麦も粉の配合でいろいろなものがあるので、なんでも「すすれ」ばいいものではない。
うどんなんて、「すする」ものでなく、口の中でしっかり噛んで食べて・・・・という食べ物だったのに、「不器用な連中がいて」、「すする」ものだから、いつのまにやら「麺類はすするもの」なんてことになり、「うどんにのど越し」を求め「あんな饂飩を作り出す始末」となった。
だから、うどんにしても蕎麦にしても「すすら」ないで口に放り込んで「噛んで」食べてもいいんですよ。ただし、「噛んで」食べるために作られていない部分もあるのでその辺はおわかりいただきたい。そばつゆが「関東関西で違うとかなんとかなんて関係ないの」、蕎麦なんてじっくり噛んで食べてみればわかるが「蕎麦嫌い」ができるのももっともである。うどんだって、素で噛んで食べてみたって「何もおもしろいものではない」。ここがポイントなのでござるな。素で食べておもしろくない物が「すすって」食べるものに転化していく・・・「おいしい」と「喜び」のつながりがここにはあるのだが、そんなこと「拙者の文章能力では説明できない」のでござる。
まあ、呑み込むというのがなんなのか?考えていただきたい。噛んで食べるのと何が違うのか?
また、ラーメンもしかり、のど越しを求めて「堅い麺を」作ったり、おかしな話である。
ラーメンなんか「すすった」ら、あちこち汁が飛び散って「汚らしい」でしょ。そこで、「飛び散らないすすり方」なんてものができて、それができる人が「麺通」と呼ばれ始めている。わざわざ「すすって」おいて、口の中にため込んで「むしゃむしゃ」食べているんだから「単なる欲張り」なのである。
ラーメン作りの一番の問題は、麺と汁を同時に絡ませながら口の中に放り込むということで、それを可能にした縮れ麺で、スープが実によく絡まってくる・・・だから、口の中で「うまい」と感じるのである。これが、パスタも「すする」なんてことしたら、スープやソースが絡まらないから、「まずい」と言い始め「パスタが不人気」。
なんで、フォークでくるくるやるんだ!と思うが、フォークでくるくるまとめているのはスープやソースを絡めているので「すすった」ら、口元でスープやソースが「除け」られるだけなのである。
そんなこともわからんのか!
と食べ物に対して無頓着な人たちばかりで困ったものである。
「すする」というのは、「のど越し」を楽しむためにできた食べ方で、のど越し・・・というのは、喉を通過する際に気持ちいいポイントがあるのであるが、不思議なことにこの通過ポイントから鼻へ香りがバックしてきて、口内では感じない別の「味覚」というものを感じる。
こんなことを感じるようになったのは、「一度、味覚障害にかかった」からであり、味を知るためにはどうしたらよいのか?という研究をしたからこその結果。
あの病気が拙者を蘇らせた。感謝したい。何を食べても「味」というものが何なのか?わからなくなったパニックに冷静に対応できたのは、そもそも「食べる」ことが好きだったからであり、「食べる」ことがなぜ?「喜び」になるのか?ということも身をもって知ることができた。
現代人に多い、仕事が忙しくて、忙しさの合間に「流し込んで味わう間のない」食生活。強引に味を留めるために味付けが極端になって、体調が狂っている人が多い時代である。
忙しくったって、食べなきゃ体が持たないし、「忙しい」と言いながら、何が「忙しい」のかさえわかっていない・・・思考不必要生活になっている。
もっと、一日を大切に生活してくだされ。
最近、テレビを見なくなった。
とは言っても、女子ゴルフは見ている。
さて、レポーターのインタビューに
「どうして、○×をしてるんですか?」
「どうして、このお仕事をはじめたんですか?」
「どうして、この名前がついたんですか?」
・・・・
と、「どうして・・・・○×ですか?」
と聞く人が多い。
「どのような、(どんな)、きっかけで?」
と聞くことができないのだろうか?
「どうして?」
と聞くと、必ずその裏にある言葉が見えて、実に不快である。
「どうして?、なんで?」
と聞くと、その裏側には
「そんなことしなくてもいいのに・・・。もっと、いいものがありませんか?」
と反対の意味を込めて聞いている・・・ように聞こえる。
「格差」
という言葉がはやっているが、自分がうらやましいと思う人に対しては、
たぶん、
「絶対に、どうして?などとは聞かない」。
放送の仕事をして、ある程度の競争率の中から選ばれた・・・と思っているプライドが・・・そう言わせているような気がする。
実に、気に入らないなー。
ま、現代の言葉というのは、悪意を込めても、何にしても常に変化していく時代であるから、
「よろしかったでしょうか?」
と聞かれても、
「いいえ、結構ですよ」
と答えると・・・・・たいてい、「は?」
と聞き返される。
ま、自分でしゃべっている言葉の意味がわかっていないのだから、言葉の変化に関しても、まったく無意味に発せられているだけなのである。
いろいろ、訳のわからないタイトルが(間違った敬語、ヤング言葉・・・など)ついているが、若者だけでなく、ある程度年齢の過ぎた人でさえも無意識に使っているのだから、若者ばかりせめている中年以上の人たちも攻めたいものである。自分のミスを他人になすりつけたい世代と呼んでいるが、これらの言葉を
「使い捨て言葉」
と拙者は言っている。
ま、日に日に言葉が生まれ、日に日に言葉捨てられていく。リサイクルもしているようだが、また捨てられていく。
そんなものが本に刻まれて、残っていると思うと、実に腹が立つ。
と、久々に、むかむかした気持ちをここにはき出して、ポイ捨てしてみたのでごっざった。
幸せと不幸せ・・・と肯定と否定ということは、起きた、感じたと同時に2つとも存在する。
なんで、こんなことに気がつかなかったのでござろう。
何かに頼る・・・と同時に頼られる・・・というものがあり、同時に2つのことが起きている。
と、いうのは、朝、テレビの番組内で「今日の占い」なんてのがあり、たまたま見入ってしまって、
「ありゃりゃ、今日は運気不安定やわ」
となったら、一日「暗い」。
「おっ!、今日はラッキーday」
となると、購買意欲が湧き、消費者として経済に貢献してしまう。
ま、情報操作、洗脳操作というものでござるな。関心のない人には、なんでもないことでござる。
これがね、以前、おそろしいことに気がついたことがあってね、
「なんで、遅刻したん!」
「今日の占いで、のんびりと過ごしましょう!って言っていたので」
また、遅刻の理由。
「なんで、遅れたん?」
「今日の占いで、黄色のものを身につけるといいって言うんで、黄色のものがなかったから、黄色のものわざわざ買いに行ってたん」
あー、あほらし。
と思いながら、自分だって「占い依存」だったことを思い返す。なんと醜い姿・・・人の姿を見て、自分と照らし合わせてみると、自分だってなんとも醜いものだ!と思えるのだから、すごいことでござる。
最近、だまっていても、少しずつ、何かが身についているようでござるな。
幸せーーー、と感じていたい。長い時間を過ごしたい・・・、と思う。
何が幸せ?
幸せと感じるのは人によって、様々であるが、精神安定が一番。
よりかかって欲しいと思う人もあれば、よりかかりたいと思う人もあり、
同時に満たされれば、幸せと感じるのか?
ただし、いつまでも寄りかかられているのが「鬱陶しい」となればバランスは崩れ、
「お互いに不幸」である。
よく、天使と悪魔という表現があるが、笑顔の裏に○○の顔・・・常に表裏一体である。
占いでは当たり障りのない「あいまいな」表現で、この表裏一体を使い分けているので、
意味がわかると、十分に利用できる。
ま、自分で、自分を占うことができれば、実に簡単であり、占いという「よりかかるもの」があれば、
これは、実態のない「何か」を利用した、「逃避」なのでござるな。
責任転嫁・・・ま、そういうことでござるな。
自分ではよーく、わかった。坊さんの「1つ悟りを開く」というのはこういう感触なのでござるかな?
このあいだ、大食い選手権で・・・メディアで人気のギャル曽根さんが出てましたね。相変わらずよく食べるなー、と出ているメンバーはいつもの顔なじみメンバー。名前を覚えていないだけで、マッスル・ストマックの持ち主ばかり。
大食いは、訓練次第ではできるのだろう・・・と自分の若かりし頃を思い出しながら、思ったのでござる。
と、言うのは、とにかく、食事となったら、気を抜かずに食べられるだけ食べる。すると胃袋はびっくりするだろうが、膨らむのでござるな。空腹時の胃袋の壁の厚みと限界まで引き延ばした時の壁の厚みはかなり違うのでござる・・・・が風船と違って、しっかりしているのでござるな。
さらに、お腹がいっぱい!と言って下っ腹をたたくが、あんなところに胃袋は落ちないので、満腹!となったら、ほぼ体の中心部にすさまじい風船が膨らんでいるような感じになっており、お腹は膨らまないのである。
でも、膨らんでいるよ!
というのは、胃袋に押し込まれた食べ物のせいで、腸にいろいろな物が(空気含む)移動したのでござる。
拙者はよく食べたらすぐトイレというサイクルでござったが、食べることによって腸の動きが活発になり、どんどこ押し出す。つまり、快便だからと言って腸が空っぽという訳ではないのでござるな。
と、脱線したが、大食い選手権を見始めたのが「バナナ」のところでござったが、よく入るな・・・とこちらも口をあんぐり開けて呆然としていた。食べてすぐに熱源になってしまうのだから、彼らの発電能力は半端じゃない。思わず、真似してバナナを食べてしまった。
続いて、唐揚げが出てきた。
これがメインの話で、この唐揚げ、大山地鶏の唐揚げで、見ていてよだれが出てきた。もう、これでもか!という具合にバクバク食べている。しかも、レモンをかけて、マヨネーズをかけてと様々であるが、マヨネーズなどかけなくても食べられるだろう・・・と思いきや、マヨネーズをかけた方が食欲が湧くのでござるな。テレビを見ながら、偶然食卓に並んでいるトリカラを同様の食べ方をしたら、ますます食欲が湧いて、テレビに挑戦してやろう!とばかりに瞬時になくなったトリカラ。おかげで、ブーイングでござったw。
と、翌日もちょいと多めにトリカラを買ってきたのでござるが、旨いところの「トリカラ」は何してもいくらでも入ってしまう。特に、大量に食べたいと思うことを考えたら、これは「マヨネーズ」の威力というものがすごいでござるな。トリカラからカルシウム類を取ろうと思ったら、レモンをかけないといけないでござるな。健康を考えるとレモン、たくさん食べたいならマヨなのでござった。
大食い選手権を見て、食欲が湧いてしまったのには、驚いたでござるw。
10月の朝、バイクランで街を見ながら、郵便局の看板を見に行った・・・・「ゆうちょ銀行」というのはずっこけたでござるな。
官から民へ・・・ということでござるが、JR、JT、とならんで、官の感覚はなくならないでござるよ。最初は風当たりが強いが、すぐになじんで、なんでもないことになるでござるな。
困ったことになるのは、しばらくしてからでござる。ほとんどのご老人から巻き上げた簡保、郵貯がたっぷり入っている「ゆうちょ銀行」でござるが、一斉に動き出したら、まずピンチ。
他銀行は動かしにかかって必死でござるな。これでどのくらいの移動が起きるのかが、実はたのしみ。
生保会社も必死でござる。
さらに、宅配業者もこれを機に一気に経営競争を激化するでござるから、またまた大変。
ま、はがきが届かない!なんてつまらない心配事よりも、「届け物」が届かない方が困ったことになるのでござる。そうなると、従来の宅配業者の信用性に軍配があがる。
郵政民営化・・・・はこういったことを踏まえて、ぬるま湯につかっていた化け物団体に渇を入れることだったのでござるな。実に、すばらしい改革でござる。官のぬるま湯はまだまだ、残っている・・・・しっかりしてもらいたいものでござるな。
10月から、ニッポン放送の朝の番組が改編されたのでござるよ。
朝は、モリタクさんが出ていたから・・・って言うんで聞いていたところがあるし、その後は、上ちゃんのちょっといい話が聞けて・・・・よかったなー。上ちゃんの噛みっぱなしDJというのが聞き所だったし、新保ちゃんの街角イントロ・・・がもう聞けない!
なんて、いろいろ悲しい思いをしたが、いざ、10月になって新番組それぞれ始まってみると、おもしろい。
朝は4:30から(あんこーさんは30分手前で終わってしまいますねー)、なんと上ちゃんの夏休みに代わりに出てきていた「小倉さん」が上ちゃんの番組内でやっていたワンコーナーをリハーサルとばかりに自分の番組内で行っている。お仕事訪問・・・なかなかおもしろいですね。那須アナがちょこちょこと現れるのもなかなか耳が離せない。
ただし、以前は終始垣花アナの甲高い笑い声、モリタクさんのガハハの笑い声が5:00からノンストップだっただけに小倉アナの落ち着いた番組では、もう一度眠ってしまいそうでござるな。どんどん派手になってくだされ。結構途中でエキサイトするところもあるので、朝からヒートアップで行きましょうよ。
さて、6:00になると落ち着いた雰囲気で上ちゃんの声が響くのでござるが、落ち着いた雰囲気で始まっているなーと思って聞いていても、ところどころで、原稿読みを噛むんですよねー。ニュース番組!って感じはないですね。今までの上ちゃんのサプライズと変わらないです。だから、時間が短くなったなー、という感じでじっくり上ちゃん節を聞くことができるので、安心して聞いていられますね。なにせ、初日は石川みゆきアナが出てきたので、久々のお声に感度ー。ポイントは、コメンテーターバトルになりそうな、火曜日は竹中氏、水曜日はモリタクさん。火曜日の内容をじーーーっと聞いていないと水曜日のモリタクさんの解説に笑えないことになるのでござるな。野球バトルもたのしみでござるが、方や阪神、方や横浜・・・週の真ん中にお互いがいないけどバトルになるおもしろでござるな。なんでこんな人選が!と思うところでござるね。
さてさて、と8:30になると垣花アナのハイテンション番組が始まり、初っぱなから「結婚しまーす」なんてびっくり発言から。wikipediaで結婚相手のところに「垣花アナと結婚へ」などと番組で報じられたのがすぐに書き込まれるからすごい影響力というのか?結構、垣花ファンが待ちに待っていた番組というのか?今まで夜には、おもしろおかしなDJをやってましたが、朝から、夜の番組の雰囲気をふっとばすハイテンション番組で仕事そっちのけで、11:30までずっと聞き入ってしまったでござるな。10:00代には新保アナに変わって、人気急上昇の飯田アナが負けずにハイテンションで登場しますよ。ぜひとも物まねを含めて楽しませてほしいですね。
朝だけでなく、月曜から夕方5:30から野球中継がなくなったところに、新保アナが毎日登場するので、安心して聞いてられるでござるな。「青空イントロ」で毎日聞いていた声だけに、なんか耳に入ってこないと不安になるから、夕方に新保アナの声が聞こえてくるので安心して、一日中ニッポン放送・・・・とばかりは言っていられませんが、なんか、そんな雰囲気でござるな。・・・・・テレビ見ない生活が続く・・・。
置きラジオでさりげなく聞いていたのでござったが、とうとう、携帯ラジオを買ってしまったでござる。
しばらく、耳がラジオから離れないでござるな。
いやー、ニッポン放送おもしろいねー。
なんか、もんか大臣がどうのこうの、とか、子供にはこんなことを学んで欲しいとか、もっと、勉強してほしい、とか・・・・自分がどうする?ということでなく、人にどうかしようとする大人の意見ばかり目立つのでござるが、
自分は何を学ぶの?
と、いつも不思議に思うのでござる。
勉強していない人は、勉強しなかったことを後悔して今から勉強しようとしているのか?というとそうではなく、今更勉強しても何も役に立たないと思っているから、「しなくて、いい」という考え。
実に、とんちんかん、なのでござるな。
勉強するのは、役に立つからするので、役に立たない勉強をするのが「そもそも、おかしい」。
そういう大人のもとで育っている子供が実に気の毒でござるな。
家に帰ってきて、
「宿題は?、勉強しなさい!」
と言われても、自分は何をしてるの?
宿題をやっていかなければ、その分の報復を受けるわけだから、その損をあえて受けるだけの力量があれば、別にやらなくてもいい。なんで、宿題を課せられるか?と言えば、今日やったことを復習、そして次回のための予習を兼ねているが、そんな意味もわからずに、ただ、「これやっとけ」というものが多いのでござろう。
数打てばなんとか!
という精神が小さい頃からたたき込まれていると、確かにねじ曲がった思想が植え付けられますな。
小学校、中学校と義務教育ということで、我慢して通う。
その後は、自由なのだから、別に高等学校・・・などと「高等」とついている学校に行かなければよいのに、
「なんで、数学なんか、なんで、歴史なんか、なんで、・・・・なんか」
とよく聞く街頭インタビュー。
これって不思議なことで、なんで高校に行くの?と聞くと、「大学に行くから」
と答えるが、大学に行ってどうするの?と聞くと「就職するから」
と、なんかおかしな回答ばかり。
就職するのに、大学出ないと行けないのか?
というと、最近の大卒の就職率は良いが勤続年数の短い間に離職する率が年々高くなっている。
これの意味は何?
結局のところ、公務員になれなかった連中の話でござろう。
公務員の離職率は?
実にわからないものでござるな。
国家公務員、または地方公務員とあるが、国家公務員にさせるために、学校に行かせる。国家公務員になると何もしなくても、永年で安泰・・・という神話が国民に浸透している・・・ということなのでござろう。
これって、現在のミャンマーの情勢と似ていると思うが、軍事政権だろうが、そうでなかろうが、公務員がのうのうと生きていられる空間では、どこも一緒でござろう。
子供は何を学ぶ?
いい先生に出会えてよかったか?
勉強は一生であり、何を学ぶのか?ということより、この先に何を学ぶことができるのか?ということを学ぶのでござるよ。拙者は小学校の時に、すでにそれを学び、早く中学生になりたかった。そして、中学生になると、こういった高等学校では、さらにこんなことを学ぶ、などと煽られて、高等学校に行き、さらに向学心を煽られて、大学にまで進学したが、大学に入って気がついた。
師からあーだのこーだの言われた物を頭の中にたたき込むなんて「無理」であり、それを引き出しから一個づつ引き出しているようでは「遅い」。
「血となり、肉となり」
とするように、自ら学びに行かねばならないのだ・・・と気がついたが大学に入って、高い学費を払っている以上その分は頑張らないといけない・・・・最終的に学費だけで300万も支払ったが、よくよく考えたら、実にもったいない話でござるなー。
その後、自身であちこち「血となり、肉となり」の勉強をすることになるが、やはり、興味というのは「幼きときに」植え込まれていたおかげで、「何にでも」突っ込んでいける。
すると、何を勉強するの?
と思うと、何にでも飛びつけるように、世の中には物事がたくさんある!ということを教えてくんないかな?
ま、自分だったら、そういうことを教えてあげるな。
なんで、数学なんか!
と反論されても、数学知らなかったら、数学という物が邪魔になるでござろう。
関心がないとは言っても「いろいろなものが耳に、目に、鼻に、口に、肌に」と触れてくるので、それがなんであるのか?認識できないと怖いでござろう。
本質を知ろうと思うと、大変でござるが、何?という興味を満たすことは、生きていく上で大切でござるよ。
笑ってしまうが、過去の勉強さぼりから、最近のテレビ番組のクイズで小学生、中学生などの問題ばかりやっている。大人が挑戦して、苦悶の表情を浮かべているが、
「あんな大人になりたくない」
という品評会になっているのが・・・・実は気がつかれていない。
また、「俺のおかしな回答をテレビに!」と思って芸能界を目指す者もいれば、
ま、幸せな国でござるな。書いてて、疲れた。
メディアには、おかしなものばかり、
「おかしなおかしな人ばかりがおかしなことをしゃべっているが、勉強してる?」
「勉強しなさい」
「宿題やりなさい」
と言いたいでござるな(笑)。
よく聞く「満月の夜」・・・満月が出ているのは昼でも朝でも夜でも一緒はいっしょだが、夜にお月様が照らされて・・・満月だと、よからしくないことが・・・起こる。
と、言うのは、なんともおかしなこと。
もともと、月明かりに照らされて夜でも明るいということから、夜でも狩りができる・・・ということでござろう。
月明かりは思っている以上に明るくて、
月夜でない時の暗夜は、とっても怖い。
星明かりで、なんとかなるのか?
と思っても、慣れていないとなかなか見えないものでござる。
ま、東京ではあまり縁のない話でござるが、ちょいと山の方、海の方にでかけて、夜とぼとぼと歩いてみると、月明かりがあるのとないのとでは、道を歩いている気がしないのでござる。
さて、新月になるとどうなのか?
昼間はあれだけ晴れていて、夜、月が出ていてもおかしくないなー・・・などと思いながら、遠慮気味にちょいとにじんだ月明かりが見える。これは実に怖い演出でござるな。
むしろ、月明かりがない夜に「何かが起こる」のでござる。
月の周期は1ヶ月よりも短いのでござるが、1ヶ月という単位もいい加減な物で、1年だっていい加減。
地球が太陽のまわりを一周する周期を何日かということにして、それを強引に12というもので割ったものだから、なんだか変なのである。地球が太陽のまわりを1周しようが2周しようが、そんなものはどうでも良いのでござる。
明るい時間と暗い時間の差が伸びたり縮んだりするのを基本に考え、月が出てみれば、月がまん丸なのか?月が欠けているのか?月明かりがなんか変なのか?
また、いつも見る夜空に明るい星が出ているのか?、寒い季節に見える夜空と、暑い季節に見える夜空の違いなどを体の感覚でつかんでいれば・・・この時期に何が起こって、この時期に何がある?
というのがわかってくるのではないのでござろうか?
何か節目を考えると、どうしても数字に頼りがちでござるが、世の生き物たちは「数字」というものを意識しているのござろうか?
不思議と、猫の発情期を思い出しながら、暖かい時期に盛んで、寒くなればおとなしくなる。
月明かりが彼らの夜行動に役立っているのでは?
と思うのでござるが、新月のようなかなり暗い夜には何かが起こる・・・というのも不思議と思われるのでござろうな。
新月の日はおとなしく・・・・などと思うよりも新月になれば狩りにおそわれる心配がないから、そのときこそ「生命の営み」が行われる・・・のではないでござるかな?
と、ヒトにたとえて・・・・新月こそ何かが起こるのでござるな(笑)。
なぜ、紅葉を見に行くのだろうか?
なぜ、春は桜を見に行くのだろうか?
花は一年中いろいろとあるところに咲いているが、季節限定で人々は動く。
なぜ?なぜ?
と思いながら、何年も過ごす。
とあるときに、桜見物に同行したことがあるのでござるが、そのときに桜の専門家と自負する先輩に聞いてみると、
「それは年をとらなければわからないでござるなー。若いうちは、花すら興味がないでござろう。」
と言われたので、拙者は、
「植物観察は一年中欠かさず、あちこち歩き回っているでござるし、スケッチもしているでござる。なぜ、季節限定でこの花と花や葉を限定するのでござるか?」
と問い始めると、
「やはり、若いのー。」
とそれだけでござった。
拙者の完敗でござる。
「花を見るのに理屈などないでござろう。美しい物は美しい時に見る。散りゆく姿もまた美しい。一瞬一瞬だが、長い時間に感じることができるでござるか?」
まったく、訳がわからない世界でござった。
と、思い出した。
紅葉を見に行く・・・ということと、桜の満開を見に行くのは同じことなのでござる。
つまり、散る寸前なのでござるよ。
桜は散る、紅葉も散る。
散る前の「最盛期」を見て、自分と照らし合わせるのでござるな。
ところが、これって「最盛期」なんてことではないのでござる。
最盛期なんて、見ている人が勝手に決めたこと。
紅葉なんて、夏だって見られるし、なんで秋なのか?と思えば、これから冬に向かっての「ある意味での最盛期」なのでござるな。
うむうむ、やはり、ある程度の年齢にならないと、これは訳がわからない世界なのでござるよ。
むやみに真似して、紅葉狩りや、桜の花見に行っても、それ以外の楽しみをたのしんでいるだけで、結局環境破壊が進むだけ。
若いうちは、若いなりに別のたのしみをすることにしたら?
なんて思うのでござる。
集団で騒ぐ、というのが好きなのは・・・ま、仕方がないでござるな。
では?なんで集団で騒ぐの?会社の若い者を使って場所取りさせてまで、しまいには、花見会場はブルーシートだらけで、まだ来ないから、ここを借りようっと、ちゃっかり人まであちこちあらわれ・・・なんでそこまでして・・・と思いながら、実にばかばかしいと思うのでござる。
ま、会社がおもしろくないんでござろうな。
昼は紅葉、夜は花見、朝は黄色い雪見でござるな、はははh(笑)。
あっ、しまった、前号のはがき出してない!
つまらないことに首をつっこんで、懸賞応募をやりそこねてしまった。
あー、なんということでござろう。
これもある意味で強迫症でござるが、締め切りというものに追われていると、「しなければならない」という形のない「強迫観念」におそわれる。
いやー、早く解かなきゃ・・・なんて思いながら解けない問題に格闘して、頭がオーバーヒートしているので困る。
それにしても、よくまー難しい問題を作るよ!と思いながら、答えはあるのに、解く段階で、推測エラーが起きて、ストレス満タンなのでござるな。
たかが、数字のパズルでござるが、これがなんとも言えない不思議なパズル。
なかなか数字が入っていかないというのだから、恐ろしい。
できる人はたくさんいるのだから、また、すごい。
端から見ていると、じれったくてしようがないのでござるな。
それにしても、まだまだ甘いのでござるな。
健康診断強迫症?
秋になると定期健康診断の季節がやってくるようでござるな。
定期健康診断が近づくと、カウントダウンとばかりにお酒を控え、食べ物を気にして、健診が終わったその日に夜は飲み屋でがぶ飲み、強食べ(ごうたべ)でござる。なんで、そこまでして・・・と思うのでござるが、普段の食生活を安定させていれば、それほどのことではないでござる。拙者は健診で思い切りひっかっかってやろうと何年も二日酔いじみたことをして、受信して、引っかからないのでござる。健診前は不摂生をして、ひっかからないのだから、普段の食生活が安定しているということでござるな。普段から不摂生をしている方々は健診前に慣れない食事をしたところで健診をパスするなんて、おかしなもので、まさに棺桶に足をつっこんでいるようなものでござる。これで早死にしたら、「まさか!」なんてことを思うのでござるが、普段から早死にへの道路を歩んでいるということでござろうな。
最近、久々に小学生の集団登校というのを見たのでござるが、「何じゃこりゃ!」と思う体型の子が多い。そのまま拡大したら、みんな大人と同じ体型じゃないか!と思ったのでござる。性別に問わずでござるよ。自分の若かりし頃を思い出しても現代とあまり変わらない富裕な食生活の時代であってもあれほど、子供時代から大人化したものは見たことがなかったでござる。拙者が当時のまま、現代にやってきたら、たぶん毎日「鼻血が止まらない」でござるし、仲間うちで「お腹をつねる」のがたのしみで仕方がなかったでござろう。とはいえ、同年代の男女それぞれを見ても、やはり拙者の体型が目立ってしまうでござるが・・・・コメントしがたい。そのまま縮小してみれば、現代の小学生とそれほど変わらないでござるのー。
と、銭湯での調べでござるが、ご老体を観察してみると、年々ぶよぶよのご老体が増えてきているでござるのー。昭和の時代では「筋骨隆々の」ご老体はあちこちにごろごろしていたのでござるが、最近はとてもとても「筋骨隆々」などほど遠く・・・・・でござる。
健康診断が一年に1回だから、一年に1回、一時的に健康に見えるような動作が行われる。その他の時期は不健康といってもよいのでござるから、その間に病気になって、また、一年後に発覚する・・・んじゃ手遅れ?
と、健康診断が近づくと、体を健康にしなきゃ!と迫り来る何かに・・・対応を迫られる・・・お気の毒でござる。普段の不健康ぶりを確認する・・・というのではいかんのでござるかな?
敬老の日、老いたるを敬え!
なのでござるが、無理矢理、60歳以上の人を「敬老」とするのは変だな?
と思ったのが、敬老の日が過ぎてから思ったこと。
いまだに、乗り物の「優先席」に座る人を「おとしより」というのでござるが、優先席は「おとしより」に限ったことではないのでござる。むしろ、「優先席」に座らず、それ以外の席にねじ込んででも入ってくる「老たる人物」がいるのを見かける。
自分よりも年上なら、自分よりも「老いたり」と思ってみるのも良いが、
「老いる」という言葉にあたる人を探すのがよいのか?
と、「老いる」を国語辞典で調べるとすさまじいことが書いてあるので、あまりに気の毒だと感じる。
単純に「年をとる」という意味だけでとらえれば、自分よりも年上の人を敬え!という解釈にすれば、
これほど、気楽な日もないものでござろう。
何か、言葉に敏感になるわりには、言葉の意味がわからないのが「おとしより」なのか?
いつの間にか日が過ぎていることに気がつかず、自分が今何者なのかがわからないのが、現代の「おとしより」なのか?
自分でも、体の仕組みやら、考えそのものが、10年、20年、30年と振り返ってみても、
「年寄りじみた」
と言われたのを思い出して、いまのほうが
「若いのか?」
と思うのでござる。
とすれば、年齢が若くても「おとしより」のような、「衰えて、消えてしまうような」ということがあるのだな?
と思うと、
不思議と、「敬老」というものが
なんだか、訳のわからないものになるのでござるな。
相殺して、なんでもない日
と思えば、ただ単に文化祭、運動会の振り替え休日が延びたような?
という日と思うのが妥当なところなのでござるかな(笑)。
どうも、集団行為が苦手で、みんながやっているから、あたしもやってみよう!という感覚が出てこないのでござる。
と、なんで?「脳トレ?」に・・・ということでござるが、「やってみた」わけではないのでござる。
よく聞くのでござる。
これによると、脳年齢が出る!ということで、自分の年齢よりも若ければうれしいそうでござる。
ゲームに支配され・・・つまり機械に洗脳されているだけなので、実際、頭が活性化されて若返っているのか?どうか?拙者には理解できない世界なので、コメントせず。
自身で、これは困った!
と思ったのは、昨日の晩ご飯を思い出せない・・・という症状が起きてきて、昨日の晩ご飯のレシピを!と思い出そうとすると、あちこち抜けている。朝起きたときに、昨晩の最終行動を思い出せないので、朝、身の回りの物の動きが理解できない!なんてことが、続いているのでござる。
これは、いかん!
と思うのだが、デパ地下巡りで、今週はこのデパートに何の店が来ていて、先週はここの店があそこにいたから、今週はここなら、来週はあそこだ!という働きはしっかりしている。
好きなことなら、脳は喜んで働いているが、どうでもいいことには、働いていない!ということではないのでござろうか?
何が言いたいか?わかると思うのでござるが、
食事を大事にしよう!ということで、何を食べたか?何をどのように作ったのか?
わざと一日ずらして、無理矢理思い出せようとする訓練を始めたのでござる。
さらに、好きになれば良いのでござるから、おもしろいことに「推測する」ということが大好きなので、
体脂肪計を使って、計るまでのできごとを記録するようにしたのでござる。
すると、今まで惚けていたできごとが、蓄積されていてするすると出てくるようになったのでござる。
一行動を思い出す、なんていうことが苦痛になるようでは、この先思いやられる。
それをゲームに頼るなんて!
声を出して本を読んで脳を活性化させるなんてのもあるようでござるが、読んでも、さっき読んだものが筒抜けなんことは当たり前にあるので、信用の度合いは低い。
集中力というのを高めるのに、自然のノイズをまわりに置くと、気が散らない!なんてことでござるが、拙者は耳に音が入ってくると、多方面にいろいろなアンテナが動き出して集中力が分散してしまうのでござる。
できることなら音がないところで、のんびり!
なんて思っていても、本を読んでいれば、心臓の鼓動やら脈拍が体中を伝わって、気が散る。
ひとつのことに集中できないのが拙者の特徴であるから、いつもいくつかの作業をばらばらにやることにしているのでござる。これが「脳トレ」かもしれないと思ったのでござる。
つまり、人からは「こんなことが脳を鍛える」ということは参考程度に聞いておいて、自分の脳を鍛えるのは、自分流が一番なのでござるな。それが理解できないってことは、脳を鍛えていないことになると思うのだが、いかがなものでござろうか?
一日一日、必死に生きてくだされ・・・・と下向いて歩いている人には、そうつぶやいているのでござる。ま、景気は良くならないでござるな(笑)。
17日はなんとか法で強引に休日でござった。ついでなので、時間の空いているときにちょいとつまらないことをやってみたのでござる。
地下鉄に乗る・・・という時は「一日乗車券」を忘れずに。都営線も乗れる1000円の券を買った。
はたして、短時間で1000円分使い切れるか?
そんなことを考えてみたのでござる。
で、まだ副都心線が開通していないので、山手線のようなまわり方はできないでござるな。
まず、よく使うターミナル駅の押上駅に出向いて、ここからぐるりと回ってみる。
半蔵門線で清澄白河に出て、大江戸線に、そして門前仲町に出て、東西線に、そして日本橋。
これだけで、結構無駄遣いは起きているのでござるな。
日本橋から、銀座線で上野広小路に出て、大江戸線にて本郷3丁目に出て、丸ノ内線に乗り換える。これを春日で後楽園駅に乗り換えるという手もあったが、この乗り換えがつらい。しかし、本郷3丁目の乗り換えも結構きついものがあるが、最終的には降りるので少しは楽。春日ー後楽園は降りて、上って上ってでござるな。
丸ノ内線にて、池袋に行く。
池袋から有楽町線で市ヶ谷に出て、都営新宿線にて新宿に出て、ここから大江戸線にて汐留に。
ここから銀座線で銀座に出て、歩くのが面倒になったので休憩、ここから東銀座に出て押上に戻るか?それとも、銀座線で浅草に出て、浅草で都営浅草線に乗り換えて押上に戻るか?
考えたが、それも面倒なので、銀座で終わり。
時間つぶしも終わりでござる。
これで、1000円の切符は使い切ったでござるな。
単純に東京メトロの190円区間を2往復と都営線短区間170円を1往復すれば元はとれるのでござるな。
実際、どのように計算されるのか?わからないのでござるが、都営線と東京メトロを経由すると、都営線+東京メトロ70円の割引・・・・なのでござるが、この後、もう一度、都営線に乗り換えたら?また、東京メトロから都営線に乗り換えて、さらに東京メトロに乗り換えたら、割引は発生するのかな?
これは疑問でござるな。
一日乗車券があれば、地下鉄往復を何度やっても、違法乗車にはならないから、ずっと本を読んでいてもよいか?などとくだらないことを考えるが、実は、乗り換え、乗り換えを続けていたら、どのくらい運賃が発生するのか?実は、考えたことがなかったでござるな。
これは、pasmoになったら、いくらでもお金を吸い上げられてしまうから、一度、1000円ちょっとを入れて、試してみるとおもしろいかもしれないでござるな。
地下鉄を得する乗り方?というのはどこかにあるのかな?
お粗末様でした。
追記
gooの教えて?で調べてみると、都営線の割引は1回のみということで、メトロー都営・・・都営ーメトロの組み合わせで70円の割引一回なのでござるな。これに次の組み合わせをすると、発生するのでござる。
となると、やはり一日乗車券を持っていると、便利といえば、便利でござるが、乗り換えは30分以内というルールがあるので、これを適用すれば使い方によっては、メトロ160円+都営170と割引70円を使った260円区間でどこまで楽しめるか?
というのがあるようでござるな。

http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31944663
または、
http://www.asukashinsha.co.jp/shinkan/new.html#anchor_gyakusatsu
こちらのリンクは期間限定でしょうね。
簡単に、世界史のおさらいができる実にわかりやすい本でござるな。
「虐殺の歴史」というところから、なんだか恐ろしいイメージがあるのでござるが、読んでみると学校時代に習わなかった注釈がたくさん出てくるのでござる。これを読んでから、学校で世界史を勉強するとばかばかしくて聞いてはいられない・・・というほどに世界史のおもしろさがわき出てくる。
ただ、これが正しい!ということではなく、一つの見方として、なるほどと頷ける内容が出てくるので、読んでいて不快な思いはしないのでござるな。
これらが、事実かどうかは追求せず、一意見というのか一説としての読み物では実におもしろい。これを読んで「そうだそうだ!」と思想を植え付けられてしまう人はちょいと勉強が足りないでござるな。
この本の帯には「人は簡単に、人を殺す。」とあるのでござるが、これは単純でござる。人が人の中で生きているのだから争いが起これば、殺戮は起こるのでござる・・・・これを戦争容認論者と思ってもらうと困るが・・・歴史小説を読んでいて人が死なないシーンはない。これを当たり前に読んでしまっているのが、やはり普通なのでござる。現代においても、殺人事件が後を絶たないが、なぜ自国内で殺人事件が起きてしまうのか?というとやはり、この本を読んで、深くかみしめると「単純明快な答え」が浮かんでくる。
人間が単純だからである。
この本では、世界史に出てくる虐殺の話が出てくるが、どうも日本には当てはまらない・・・というくだりが多くて、困った。日本でも過去におそろしい虐殺、大量殺戮は起きているのである。それをどう説明するか?これはふれてはならない事柄があるのか?と思ったのでござる。
結局のところタブーに挑戦とばかりに宗教の話題に触れているが、この宗教という思想は、悔しくも利用に利用されて世の中を作り出してしまっているのだから、困ったものである。
宗教と政治と経済と戦争・・・この訳のわからない組み合わせもそうでござるが、なんとか論、なんとか論などというものがところどころで出てきて、それを実行するために、なんと人は人を物として抹殺しているのだ・・・・ということがわかったのでござる。
これは、実に恐ろしい。
今もなお、世界のあちこちで火種がくすぶっていることでござろうが、日本でも、これはわかりませんよ・・・。こうも政治の世界がへんてこりんになっていると、恐ろしいことが起きなければ良いが・・・と逆にぶるぶるふるえてしまいますね。
これを読む前においても、歴史小説において、不思議と宗教の世界が絡み合っているのかが不思議であったのでござるが、この本を読むことによって、支配者というのは自身では何もできない・・・ということがわかったのでござるな。とすると、この日本では総理大臣が誰になろうと、なんだろうと、その中になんらかの力を利用して操作されているのか?と思うと、あれもそうかな?これもそうかな?なんて探りたくなってしまいますが、
拙者は何もできない本を読んでいる一老人ということで、右へ左へ流して・・・終わり・・・でござるなー。
いやー、それにしても世の中はおもしろい。
不思議と、読み終わって「おもしろいなー」とひとこと感想を述べるのでござった。
追記:植民地として乗っ取られた国は、宗教そのものまで改宗されてしまったり、文化そのものを否定されて取り壊される、日本はアメリカに負けたが、お寺や何やらがキリスト教になったか?と問いかけがあったが、実は、拙者が思うに、明治の開国、昭和20年終戦後の2回にわたって改められている。つまり、過去を否定され、教育そのものがおかしなことになっているのでござる。戦後などは、天皇にまつわるところを考えさせないように改変され、天皇は人間だ!などと、それまでの神道を否定して・・・まさに改宗でござるな。仏教など日本に土着した宗教でなく、日本の古来の考え方そのものをあちこちで乗っ取って、めちゃくちゃにしたのは、その明治以後、そして昭和戦後でござるな。学生時代にはなんのことやら・・・と思ってみても、後々、細々と勉強していくと「おかしなことばかりに気づく」ものでござるのー。
と、まーひとり危険なことに触れてみたのでござるがね。
so-netのクイズの話題を書いたら、一時にすさまじい閲覧数でござったが、すでに新しいクイズに変わったら、閲覧数も落ち着いた。
ま、そんなものでござるな。
今日は8時に更新されていないので、
「なんだ、休みか」
という感じでござるな。
何が出るかと見てみたら、
「つぶやき」
で損したという感じでござろうか・・・。
久々に時間を気にせず、土手を走ってみたが、
土手って整備されているところと、そうでないところがあるのでござるな。
荒川はだいぶ整備されており、風が東から吹いているので川下へ向かって走ると
「向かい風」
これは足がパンパンにはれあがるのでござる。
こりゃ、たまらんと荒川から新中川へ移動して、新中川を上って行くと、
「追い風」
実に気持ちがいい。
橋が来るたび、信号待ちやら、柵やらと止まることになるが、なにやら、下をみると橋の下を通り抜ける道があったのに気がついた。そして、戻って、下をくぐって、また登り、のんびりと川上へ向かっていける。
ところが、途中でぷつりと切れてしまうところがあって、そこは整備されていない。
また、あちこち、無整備状態の道があったりするのだが、台風の時はどろどろだったのだろうな・・・。
川を渡って向こう岸を走ってみたら、こちらはある程度整備されている。
ところが、やはりぷつりと切れるとところがあるので、なんかのんびり時間を気にせず走ってられるようではない。
その昔、高砂から川上に向かった途中に神社があり、その前が「はすぬま」と呼ばれたザリガニ取りをたのしむため池があったのを思い出した。
今もあった!
しかも、ため池を囲っているものが全く「ん十年前」と変わっていないのでさらに驚いた。
まわりの景色は変わっているものの、ため池では釣り糸をたらしている人がたくさんいた。
何が釣れるのだろうか?
ま、そんなことを思いながら、さらに上流に向かう。
高砂と水戸街道の間は、なんと昔のまま砂利道なのでござる。
当然、自転車で走るにはかなりつらいもので、仕方なく、のんびりと自転車を押して歩く。
お日様が出ているので、やたら暑い。
のんびり歩いていたおかげで、川の流れを眺めることができたのだが、
そういえば、荒川でもそうだったが、川の水位が上がっておりましたな。
満潮なんだろう?と思っても水位が高いな・・・。
台風以後、ずっと川の水は濁っている。
また、台風が来ると言うが、いつごろまで濁っているのかな?
おだやかな川を見ていると、気分が落ち着くのでござるが、
川の流れというのは不思議なものでござるな。
川下では川と川との間に距離を感じなかったが、川上に向かうと、今度は新中川から荒川までの距離はかなり遠いのでござる。
えっちら、おっちら、移動して、やっと荒川についてみたら、
土手と川までの距離が長いから、
ずいぶんとおだやかな川に見えるでござるな。
ふ・・・・−・・・・・・と息をしながら、また川下に向かって走ろうとするのだが、今度は風が強くなってきて、これではおだやかに走ってなんかいられない・・・と土手を走るのをやめて、逆戻りし、町中を走ることにした。
いつもだと、人がいっぱい、自動車がいっぱいだが、
久々の休みなのか?町中がずいぶん穏やかになっていた。
うむ、うむ、これならのんびり走っていても文句は言われまい・・・とのんびり家路につくのでござった。
土曜日でも中学生は登校しているようでござったが、小学校では運動会をやっていたり、
高校では文化祭をやっているような雰囲気でもあった。
いやー、たいへんでござるなー。
それにしても、久々に
「暑い!」
と思われる天気になったでござる。都心にでかけるでござるかな?
最近まで何を読んだか?・・・と参考文献を並べるほどかっちりしたものではないのでござるが。
とは、
男尊女卑・・・というのは言論の権利を訳のわかっていない男性側に置いた話だったのでござる。
もともと女性の方が優位にある・・・というのは、これは考え方を変えれば単純明快でござった。
なんで、こんなことに気がつかなかったのだろうか?
やはり、ひとりでぼーーーーっと考えることはよいことである。
さて、男尊女卑というのは、単純明快に勘違いから生じたもの。
もともと、女性の方が偉いのであり、女性の掌の上で暴れているなんとやらと同じことなのである。
常に、こう考えるのでござる。
つがいになっている男女で、女性が男性の世話をやいているのは、この男性をうまいこと利用しているだけであり、男性はちやほやされながら、道具にされているということに気がついていない。離縁の権利は女性側にあり、これは使い物にならない・・と思ったらさっさと女性側から離れて・・・違う男性を得るのである。
・・・・・実は、男性が浮気をして・・・ということでこちらでつがいになっているのに、他の女性といい仲になっているのは、もう一方の女性がこの男性を利用しているだけなのでござるな。男性がもてていると勘違いしているのは、「男尊女卑」的考えの典型で男性が勝手に勘違いしているのである。
これらを全く無関係な別の位置からぼーーーーっと眺めていると、完全に女性優位にあることが見えるのである。
結局のところ、男性はいろいろな才能があるとは言っても、その才能は単に道具でしかなく、この道具を巧みに使いこなすのは女性の技なのであるのか・・・・ということが見えた!
実に恐ろしい。
大きくなったら・・・お嫁さん・・・・でも、結婚は3回したいかな?
結婚したら子供を作ってシングルマザーになる・・・。
結婚するならどんな人と・・・芸能人のようなきれいな人・・・
結婚しても仕事は続けますか?・・・・お互いで仕事をしていかないと生活できない・・・
結婚するとなにかとしがらみがあって面倒でしょ・・・
結婚しないで同棲でいいんじゃない?浮気も自由になるしね・・・
現代、結婚に関する考えが従来の当たり前と思われてきたものとは異なる物にある!というが、実は現代の考え方が一番露骨な・・・見てはいけない姿なのかな?と思うのでござる。
従来の当たり前と思っていた結婚に関する考え方も女性が家にいて、男性が外で働く、女性はつつましやかで男性の言うことは当たり前、女性は一歩引いて・・・というのもなかなか頷ける。というのは、道具としての男性を大事に扱うという強かな女性の考えというところに考えを持って行くとなるほどとなる。子供の世話も外にいる男性に気を遣わせないように・・・という配慮があったのか?現代では、使える道具を最大限に利用して、家に帰ってきた男性に世話をさせる、料理を作らせる、炊事洗濯、ゴミ捨てなどなど、ちょいと道具の使い方が変化してきた・・・と捉えればよいのでござるな。
これを、女性を大事にしなければいかない、男性が不利だから・・・と考えるのは単純にばかばかしい発想である。女性が何を考えているのか?というのをもっと大きな目で捉えていかなければならないのである。
女性がどんどん外に出てきたのは、自身が道具化しているのではないか?とこうなると考えてしまうが、実は、女性がどんどん外に出てきたのは外にいる道具としての男性をさらに有効利用していると考えるのが正常なのでござる。
なんと、恐ろしい考えを見つけてしまったのだろうか?
これは言ってはいけないことだったのだろうか?
ますます、女性と疎遠になっていくなーーーと、実は思ってしまって、なんでこんなことに気がついてしまったのだろうか?この先どうしたらよいのだろう・・・道具はいやだ・・・と思うのでござるが、すでに遅いのでござるな。
昨日は、自分たちのことを棚にあげている変な大人たちであったが、どうももうひとつ不思議な大人達が目立つ。大人というのもどこからどこまでか?ということにもなるが、そんな境界はどうでも良いのである。
地球温暖化・・・それ自体はいろいろ調べれば、それぞれの方が詳しいでしょうからそんなことを解説するまでもない。最近、日本の気象記録が塗り替えられた・・・というのを聞いているとは思うが、その前の最高気温の記録はいつだったかというと戦前ですよ。それも30度が40度に塗り変わったというのでなく、40.8度が40.9度になった・・・という違い。
これを冷静に考えれば今更温度が上がったというのではないのである。
二酸化炭素の放出で・・・とかフロンガスの使いすぎで・・・・オゾン層が減って紫外線の降り注ぐ量が多い・・・・極地の氷が溶けて海面が上がっている・・・とか明日にもおかしなことが起こるというような不思議な騒ぎ方でありますね。
今、地球が危ない・・・と騒ぐ前に、自分たちがその戦前から戦後、今日までさんざんやってきたことを反省していないのが不思議である。昨日と同様、棚上げなのである。これが不思議でならない。つまり、好き勝手やっているのは大人達で、子供達はその大人達の好き勝手に振り回されているだけなのである。
あー、また子供達に話題が転換してしまった・・・(昔、子供達を責めないで・・・なんて歌があったなー)。
とある町中で、大人達の会話を聞くと・・・まるで液晶の向こうの人のように、
「最近、暑くなったなー」
というのである。
夏が近づけば暑いし、いつの間にか?7月と8月が夏・・・・学校生活でいうところの夏休みが含まれる季節。9月に入れば、夏は終わり・・・という感覚がいつの間にか?できてしまっている。
正常な感覚としては「そろそろ暑さが和らいできましたね」
とならずに、「いやー、まだ暑いよ、これは地球温暖化のせいだねー」
となっていくのが不思議。
「昔は、こんなに暑くなかったよー」
って、そんなの当たり前で、ほとんどの家庭でクーラーを動かし室外機から温風が出ているんだから、町中は単純明快に暑いのだ。
〜
地球温暖化だから、暑いのだ!というのを何かのせいにして、暑いのが自然現象と捉えさせない・・・恐ろしいことである。地球の気温がどんどん上がっているなんて言っていたら気温の低いという部分はどう説明するのか?お日様が当たっているところは気温が上がるのは当然、当たっていないところでは気温が下がるのは当然。ところが、そうでなくても気温が高い熱波とか気温が低い寒波とか・・・・そんなことを忘れてしまうかのように、これは「何々のせいで、気温が下がってます」
とか、
「何々のせいで、気温があがっています」
とか、よーーーーーく考えると地球温暖化と考える前に、実は、情報操作(あえて危険な言葉を使わないでござる)をされているのだ!
と、考える方がまともな頭でござるな。
〜
「昔は・・・」
なんて言っている人が今では「クーラーやヒーター」無しでは生きていけない、我慢できない大人たちになっている。
夏至の日に明かりを消して、電気の使用量を・・・なんてことを考える前に、一週間でも全国でクーラーを使わない!ということをやったら、それは気温が下がるんじゃないの?さらに、それぞれの体感温度ってものが変わるんじゃないの?
地球温暖化!と騒ぐ前に、何が温暖化!なのか?冷静に考えたことがないのではないか?
地球規模の動きに対して、たかが日本の、さらにとある地域で、さらに、人のレベルで二酸化炭素!なんて言うことを意識させる不思議な啓蒙運動は・・・・どうもおかしな動き・・・マスコミの扇動としか思えないと思うようになった。
地球温暖化と騒いでいる人って、地球のことがわかっているのだろうか?その辺の気温が・・・体感温度が上がっただけでしょ。もっと勉強しなさい!ってもう勉強できないか・・・・・・・・ってそんな人たちをつくる教育改革なんてのもこれから始まるのでござるなーーーー。
拙者も世間に対して愚痴が多くなってきた・・・。
何が良くて、何が悪いのか?
まったくわからなくなってきましたねー。
地球規模で考えれば、大変ちっぽけなことでござるよ。そんなちっぽけなことをうじうじ考えていては、地球温暖化なんて感じられませんね。
暑いと思ったら、涼むことを考える・・・自分に扇子を仰いでも涼しくはないのですよ!
寒いと思ったら、暖かくなることを考える・・・・それでも扇子を仰いでいる汗かきの人はいる・・・こっちの方が温暖化じゃないのか?
季節を感じながら生活をするのが正常なことで何月から何月までが夏とか、秋とか「デジタル思考」のようにかっちり決めず、「だんだん秋らしくなってきましたねー」というぐらいの心に余裕を持たないといけないでござる。
まさに、「アナログ思考」でござるな。世が秋だ!と言ったから秋ではなく、自分の中に四季の感覚をつかむのでござる。それが、地球レベルの勉強でござるな・・・・それこそ、今の子供達に伝えたいことでござるな。今の大人達の後をついて言ってほしくはないのでござる。
ブログの人気を上げよう・・・・と思ったら、やはり話題の的になっているところに突っ込むのが一番なのでござる。
と、最近、so-netのクイズの話題を取り上げたら・・・やはり食いつきが激しかった。今までのブログのアクセス数なんて比じゃないほどでござる。それも証拠にアクセスカウンタの数字を見てみればわかるとおり、2,3日前まで九千なにがしかの数字が一日、二日で一万も百も超えている。
これが「卑怯な手」である。
ネタがなくなったら、またやるかもしれないけど・・・閲覧数が多くなるというのは逆に怖いことなので、また、おとなしくなってもらいたいものでござるな。
最近聞く、「子供達に伝えたいこと」という記事や話題。
じっくり聞いているとおじさん、おばさんの愚痴に聞こえる。
現代になじまないおじさん、おばさんの遅れなのでござる。
きつく言えば、ついていけない・・・なのである。
もっときつく言えば、自分たちが子供達への教育できなかった愚痴なのである。
と、わかった。
ついて行けない。
そんなことを昔にとらえているのでござるが、現代の進歩に対応できないだけなのでござる。
昔がいいとか言っているが、現代を否定しているだけで、現代に対応できないことを棚にあげているだけ。
昔はむかし、今は今。
今の世の中に対しての否定なんてのは、大人のやることではない。
現代を肯定していながら、子供に対して否定しているのはおかしい。
今の世の中を生きていくのに、都合の悪いことを言っているだけにすぎない。
対応できない煩わしさを言いまくっているだけのこと。
昔は良かったと言っておきながら、昔の大人はやはり昔の子供に良くないと言っていた。
そんなことを無視している。
日々過ぎていることをわかっていない大人が多いので、そんなことはただの愚痴!ととらえると
実におもしろいということがわかる。
真実は、今起きているということを理解することが、現代に生きる自分たちに必要なこと。
現代人は、現代において実に合理的に生きている。
それを、肯定的に生きていけない人が多いということが、「今子供達に伝えたいこと」ということで
現代のメディアを使って愚痴をこぼしている。
実に滑稽な世の中なのである。
よーーーーく考えてみればこのお話がわかってくるのでよーーーーく考えてみると良いと思うでござるよ。
たとえば、子供達が成人病にかかっているのも大人がおこした弊害であり、
子供達には罪はない。
「子供達に伝えたいこと」
というよりも、今を生きる「大人達に伝えたいこと」に切り替えないと、いけない。
その昔は、世の中の最新情報に非常に敏感でござったが、今は、それがインターネットのような秒進分歩の世界に置いてある。それは子供達の方が敏感にさわっているが、大人達はそれに触れることができない。
最新情報というものに対して、何が最新情報なのかわかっていない子供達がいろいろな情報を知っていて大人が理解できていないことが一番の問題なのでござる。
教育現場においても自分たちが学んだことをそのままはき出しているだかで、秒進分歩の最新情報をはき出すことができないことが多い。
こういうことに対して、国家が動き出すなら、それは推し進めるべきであるが、それを操作している人間が秒進分歩に対応できないのだから、教育うんぬんなんて今やタッチするべきでないのである。
実際、昔の教育が良かったと言っておきながら、昔の教育を受けた人間が悪いことをさんざんしているのであるだから、昔の教育に良さを感じるのか?
そんなことを思う。
今の大きい大人がやっていることは楽して儲けることばかり。そのための地位を得るための向学心ということがおもむろにむき出している。それを得た子供達の親だから、子供達に養ってもらおうとする親たちの野望に・・・実にあきれかえる世の中である。
ただ、その親たちが子供達に養ってもらえるのか?
それはこの第二無責任時代にあり得ないことであり、自分たちが育てた子供達に養ってもらおうなんて思っていること自体が大間違いである。
さっさと手放してやらないと、自分たちが危ないのだというとこが理解できない大人達が気の毒に思う・・・のである。
楽して世を過ごすというのはいったいどういうことなのか?
そんなことをじっくり考えたことはないでござろうが、自分に余裕をつくることができないリストラ世代と言われている人には、自分自身の余裕、時間をもっとじっくり考える必要があると思われる。
この日本はどんどんおかしなことになると思うのでござるが、
そんなことをおおっぴらに言うことじたいがタブーとされている不思議な日本でござるな。
そんな自分は、水滸伝を読みながら、なぜ、日本の世の中にはこんなことを考える人が少ないのだろうか?と思うのでござる。大は小を兼ねるというより、大は小を食う、青い芽をすぐ摘むというのが現代の世の中なのでござるな。いっこうに伸びない日の本でござる。日本が大きくなることはこれからもないでござるな。
so-netのオープニングページにこんな「検索なぞなぞ」がありまして、この答えを下の四角の中に入れて、
「ウェブ」のボタンを押すと、正解ならば、

こんなのが出てきて、
クリックすると
こんな派手な画面になる。
会員ならば、その後応募ができるようでござるな。
とりあえず、ひまつぶしになぞなぞを解くにはおもしろい企画だろう・・・・と思ってみたのでござる。
ところが、この正解、なんで?
と思ったのが不思議なところ。実は都道府県の件だけなので、「あおもりけん」からずっと入れて行ったら、ずいぶん終わりの方でヒットしたのでござる。
意味は?
「みつけた県」
そんな意味なのかな?
前回のクイズが「うなずきながら飲むものは?」でなかなか答えがわからず、あちこちヒントを得に行ってみたものの、それでもわからず。過去の問題と答えをみて、
腰が抜けてしまった。
これは難易度が高い。なんて、思ったところで今回の問題なので、ちょいと頭を柔軟にしないといけませんね。
どこぞの学校で体育祭の最中に熱中症患者を出した・・・というニュースがラジオから聞こえてきた。
暑い日に家々で老体の熱中症はさんざん聞いてきたでござるが・・・。
そもそも学校現場では熱中症予防の「んたら、かんたら」をやっているはずなのでござるが・・・。
熱中症はそもそも暑いから起きるわけではないのでござる!
というのをまだ理解されていないのが不思議でしかたない。
熱中症の勉強会はたくさん受講したので、予防策は身についているのでござる。
しかし、うっかりすると熱中症予備軍に入ってしまうことがあるので気をつけているのではあるが、
寝てしまっては、起きたときに「めまいくらくら」なんてことも。
さて、熱中症は単純に暑いから起きるわけではないのでござるよ。
湿度が高くてもなるのでござる。
特に、運動している現場では、気温と湿度のデータは取っていないといけない。
汗を多くかくことに問題があるので、
体育祭など競技に熱中していると、それぞれがどんな状態にあるのか?ということをおろそかにしてしまうのでござるな。
これは監督不行届でござる。
湿度が高ければ、気温が30度未満でも、運動しようがしまいが、汗はどんどん出ていく。
汗をかいているという自覚がないほど服が濡れている・・・ということは体から水分が抜けているのである。
この濡れた服が乾く・・・というのが重要で、ずっと濡れっぱなしであると
いつまでたっても体温のコントロールができない。
つまり、体内温度が適正でなくなり、気化熱で冷やすことができないのだから、血中温度が上昇し、血管がふくらんでしまうのでござる。
頭はふらふらになって、みんなすっ倒れるのでござるよ。
湿度の高いところで運動をしている時には汗でびっしょりになった服はなかなか乾かないから、すぐにでも服を交換するという動作が重要でござる。
最近の運動ウエアではポリエステル素材の物が充実してきており、エンボス加工してあるので、比較的乾きやすいように作られている。ただし、値段は相変わらず高い。
拙者は普段から木綿素材よりも、全身ポリエステル素材のものを身につけているのでござるが、運動をして汗をかいてもしばらくすると乾くという利点のおかげで、比較的涼しく過ごしているのでござる。
以前、熱中症の講習会で、オール綿素材は熱中症にかかりやすい・・・という講義内容で、なんでか?と思ったら水分を吸いすぎて乾きにくいから・・・ということでござった。換えがいくつかあれば、綿のサラサラした感じが心地よいが、プロのウエアを見るとエンボス加工のポリ素材が圧倒的でござる。
さてさて、綿にこだわるのもよいが、換えを持ち歩いていないと、また熱中症患者が増えるでござるな。
石油の関係でポリ素材は値上げをするでござろうが、あると便利でござる。
熱中症はまだまだ、台風が頻発するこの時期にも起きるのでお気をつけくだされ。
最近、身の回りで豆腐で下痢をしたんだけど・・・
という。
牛乳で下痢をするのは
「牛乳でお腹を壊す仕組み」
で、よく知られていることですよね。
豆腐で下痢をするのか?
と思って、自分では豆腐を食べ始めて、下痢はしていないが、運動したところの筋肉や脂肪がつくようになった・・・程度に思っていた。
ところが、じっくりネットで検索していくと
豆腐でダイエットをしているところに
ダイエットと下痢の関係のお話があったので、なるほど・・・とちょっとした知識に
取り入れてみた。
「豆腐の作用」
こちらは、豆腐と冷えの関係でござる。
「にがりの注意点」
こちらは、にがりを取りすぎると下痢をするというお話。
暑い日が続いているので、なんか口がさっぱりしたいと思うと、
豆腐を奴で食べているのでござるが、確かにのどごしが良いと思うと、
冷たい物を口にしますよね。
夕食のメニューを見返してみても、
ビールに始まり、ほとんど冷えても食べられるようなものが多いのでござるな。
せっかく風呂で温まってきても、風呂上がりにビールで冷やして、
枝豆も冷えて、豆腐も冷えて、
おつまみも冷えて、と冷えて冷えてばかりでござるな。
こんなときだからこそ、熱い鍋を食べるのが夏ばて防止なのでござるな・・・。
少し、温めるということも考えてみるでござるかな?
しかし、豆腐で困っている人もいるのか・・・と思ったら、
なんとも悲しいことだと思った。
最近、少々運動量が増えてきたので、余計に大豆タンパクをと思って豆腐や牛乳を取っているのでござるが、このあいだ、体脂肪計の付属機能で骨量を見てみたら・・・減った・・・。
何かが骨からカルシウムを奪ったと思うのでござるが、ビタミン不足かな?
なんて思ったりもする。
健康、健康なんて思っても、栄養学というのはなかなか難しいものでござるな。
ちゃんとした食事が必要なのでござるな。
今日、朝方から土手にでかけてトレーニングをしていたところ、
やけに通勤の自転車が多くなってきたなーと思ったら学生の自転車が
たくさんでした。
そうか、もう夏休みが終わったから、学生は眠い目をこすりながら
学校に通うのか・・・ということでござるな。
さて、さっさとトレーニングをすませて、戻ろう。
それにしても、元気いっぱいという感じがないのはおもしろいものでござるな。
元気を感じたのは・・・
土手のとあるところで朝から練習していた男子学生が女子高生の自転車通過するたびに
地べたに寝転がって、腕立てふせをやっていたシーンがなかなかほほえましい。
そこまでして、見たいか!
なんて、思ってみたりするが、地面に這わなくても、立っていたって、
自転車にひるがえっているスカートからちらちら見えておりましたよ。
拙者もほほえましいものでござる。




人はいるところにはいるものでござるな。
いよいよ東急ハンズが銀座にやってきたでござるな。
入り口、出口と規制があって、入る気にはなれなかったでござるが、
東急ハンズはやはり駅からちょいと離れている。
不思議なものでござるな。
なんで、東急ハンズはちょいと離れたところにつくるのでござろうか?
北千住は駅ビルに入っているが、たどり着くまでにちょいと時間がかかる。
ま、どんなところか?
そのうち視察に伺うことにしよう・・・でござる。
エキサイトのニュースの中にぽつんと
観葉植物から電話がかかってくる!?
こんな記事が置いてあった。
リンクしている、botanicallsのHPへ
行ってみると、みごとな英語のサイトでござる。
エキサイトだから、翻訳エンジンも持っているので、これで翻訳させてみると、だいたい、同じようなことが書いてあった。
新聞の記事を読むと、「?」と思われる音声の記事があるが、
実際に、
このページから(翻訳させながら)進めていくと、音声のファイルがある。
結構笑えるもんです。

概要は、鉢にセンサーを差して、それぞれの植物事に登録されたデータでもって、
ネットワークに接続され、それぞれのデータが取り出され、データベースで照合、
結果、それぞれに合わせて電話がかかってくるという。
水が少ない・・・という電話がかかってくるのも笑ってしまうが、だいたい、植物が水の吸う量が多いのはいつ?
なんて感じると、昼間すぐ乾くから昼間でしょ・・・なんて思うと、昼間は暑いから、土が乾いているだけ。
切り花を花瓶に挿して、昼と、夜とで比べると、夜の吸い方はすごいですね。
切り花は、茎についている葉を下側だけごっそり取り除いておかないと、水に浸かった葉が腐って悪臭を放つ。
これがわかっていない人がいて、切り花を花屋で買ってきて、そのまま水にどぼんとつけているが、
2,3日もすると、なんだか花の匂いとは思えないものが漂ってくる。
はて?
なんで、こんな話をし始めたかというと、8月、盆ともなればお墓参りの時期で、墓場が臭くなる・・・季節でもあるのです。お墓を管理している方々はかなりお困りの様子です。たまたま、うちの墓に墓参りしてくださった、お花の先生が行ったところ、周囲でもすさまじい悪臭を放ち、うちだけでなく、周囲も洗ってきたんですと。
自分の教え子のところは大丈夫だろうと思っていたら、何人かは、ついでに生けた花・・・ということで、悪臭を放つところもあったという。
生け花にしても、花瓶に花を挿して部屋を彩るのはいいが、ついでにやっている花育てなんて、やめたほうがいいでござるな。花だって迷惑でござろう。植木だって、毎日水やりをやっているほどのものならいいが、旅行にでかけるから、隣のうちに頼んだり・・・なんていうなら、やめちまえばいいんでござるな。動物も一緒、なんか、勘違いしている人が多いでござる。
昔を肯定するわけではないのでござるが、昔の感覚でやっている人というのは、長屋のイメージがあったのでござる。自分ちの隣であろうと、なんだろうと前から、横から植木があちこちにあって、自分だけが育てていたのでなく、隣近所で水やりをやっていた・・・からある人が水をあげなくても、別の人が水やりをやってみんなで植物をたのしんでいたのでござる。
今の世では、ある人の育てている植物に別の人が水をやろう・・・なんてことになると
「あんたの、植物じゃねー!」
と所有意識が高すぎて、誰も手を出すモノでもない。
ま、そんな世の中でござる。
昔は良かった・・・なんて最近よくきく言葉でござるが、昔を振り返る前に今の自分を反省するべきだと思うが・・・今をどう生きるのか?それが重要なことでござる。
この休みに、過激な実験。
ばてばて・・・のすれすれまで空腹にして、起き上がるのにもちょいと血が回ってないなー、体動かすのに、こんなに血の巡りって大切なんだー!
と思わせる空腹をたのしみ、この空腹な時に、胃に刺激を与えすぎてはいけないのですが、
ぼーーーーっとしているので、ぱくり!と食べて、体が蘇らせたものとは?
さといものの煮物・・・炭水化物のつもり
アーモンド入りチーズ・・・タンパク質、脂質のつもり
きゅうりとキャベツの漬物・・・・その他、水分のつもり
リンゴとグレープフルーツの酢漬け・・・ビタミンのつもり
さて、
胃に直接の刺激の強いものでばかりでござるが、
拙者の体で実験した結果、体の中の歯車が動き出した・・・・と感じたのは「チーズ」でござった。
この中で一番カロリーが高い食べ物でござるが、これを体中のあちこちで奪い合った結果なのでは?
と思ったのでござる。
2番目は、サトイモの煮物でござるが、少しずつ食べて一個食べた後に、徐々に歯車が動き出した。
チーズはほんのひとかけかじっただけで、頭の先まで血が巡った感触があり、体中が熱くなったのでござるな。
体が健康だという自慢をしているのでござるが、
あまり、こんな実験をしたくないなーと思ったでござる。
なんで、こんなことを考えたのか?というと、
運動前の炭水化物、運動後のタンパク質補給でつくる体というのを基礎として考えていたのでござるが、燃料として必要なのはどちらも必要なのでござるな。特に、体を熱くしたチーズはすごい燃料だと感じた。
今回、バナナを持っていなかったので、バナナにはどれだけの燃料効果があるのか知りたかったでござるな。
ま、ちょいとこんな過激な実験をするのはかんべんなのでござるが、
暑ければ、いとも簡単に実験の準備はできてしまうので、今度は、バナナを使って実験してみようかな?
空腹の友とはなんでござろう。しばらく米を食べていないので、米のパワーは凄いと思われる。また、小麦だってばかにならないだろう。運動時によく摂取している風景なのは、バナナ、スペシャルドリンクでござるな。途中で握り飯や、パンを食べている風景を見たことはない。即吸収できるのか?どうかにかかってくるものなのでござろうな。・・・・・握り飯に関しては摂取した時は体が熱くなる傾向にあるものの、空腹を満たすほどに食べてしまうと疲れてしまう。体中の血が動き出したと感じるほどならば、その後30分から40分ほどして、へとへとという体感を感じさせなくなるまで復帰する・・・・自身の経験から
おいしいものがよりおいしく、そして、本当においしいものを感じる時・・・って、
どうやって鍛えるか?
おいしいと言われているものを食べているから、グルメなのではないのでござるよ。おいしいと言われていたって、体に受け付けないモノを無理矢理食べても、「おいしい!」とは思わない。
万人においしいものは・・・
というと糖分とちょっとした塩分なのでござる。漠然としないものでござるが、品物なのでなく、砂糖ちょいと、塩ちょいとを舐めてみれば良いのでござるな。
これが、わからなければ、あまり、食べ物にあーだのこーだの言わない方がよいでござるな。
拙者にとっておいしいもの・・・というと、その時、その時のコンディションで違うのでござるが、
空腹、粗食を繰り返すことによって、
「ほんとうにうまいものは?」と考える力が湧いてくるのでござるな。
なんでも「食べたい」
とは思わないのでござる。
普段から、いろいろなものを食べていると、味に対しての摂取量が麻痺して過剰摂取になっていく。それを一端枯らすことによって、薄い味を感じることができる。空腹、粗食を繰り返した後に、流行の店や手軽に食べられる店で食事をすると、体中から血液が沸騰するような現象に襲われる。それほど、味が濃いのである。これはびっくりしたでござるな。
バブル全盛の頃に、うまい!と呼ばれるものをあちこち食べ歩いたが、「何がうまいのか?」という疑問にぶつかり、食べることの興味を失ったのでござる。以後、酒に走り、「うまい酒とは?」と買いまくったが、「うまい」と言われる酒にしても、「うまい」と言われるものは「勲章」がついているだけで、「たいしたことはない」のでござる。
「良い出会いはあったでござる」
うまいものを考えるのに、何をするのか?空気と水を知るということでござる。
「うまい酒は?」
と尋ねて、「この水の味がわかるか?」と問われ、「まったくわからなかったのでござる。」
以後、コンビニ回って、地方に出たときにわき水やら、水の味を調べた。
「若干の違いはある」
喉が渇いたなー・・・と言って飲む水、あちこち飲みまくってからの「飲む水」、それぞれ、違うのでござるな。
「空気の味ってわかるか?」
「空気?」
息を吸うと、空気の香りはわかるが、空気に味があるのか?
東京のビル街から離れて、緑の多い土地に行くと、空気がおいしい・・・と言うが、何がおいしいのか?
その違いをわかるために、やはりあちこちでかけた。
しかし、「おいしい空気」というのはわからなかった。
ところが、東京のごみごみした空間で、あちこち移動してみると、「まずい空気」「そうでない空気」の差はわかるのでござるな。この差はなかなか味覚を鍛える上で重要なポイントになったのでござる。
最近ニッポン放送のテリーさんの番組に出演した東京都副知事の猪瀬直樹氏の話の中で、最新刊の話がちょいと出て、さっそく本を買いに行った。読めば読むほど、ぐいぐい引き込まれるまた、新たな情報。

ところが、猪瀬氏が言いたいのは、史実が曲がって伝えられている・・ということでなく、黒板に向かってただ言われたままの情報をノートに書いて頭に入れて、テストに答えて言い点数をとって優秀だ!ということでなく、何が正しくて、何が間違っているのか?自分自身が何をしているのか?興味関心を持つということ。猪瀬氏が先の大戦に関して、「なぜ?」と思った部分から新たな切り口を見いだすことになるのだが、それにしたって、ただ、日本史を教科書通りに「うそか?まことか?」わからず洗脳されていたら、「こんなことにはならない」。毎年、毎年どの学問もデータが覆されている。それを追い求めることができるのは柔らかい頭を持った若い青年達なのだ、その若い青年達の頭を良い方向に引く人間がいなければならない。その役割を猪瀬氏がやろう!と頑張っているようだ。
ま、なんで、そんなことをしようと思ったのかは?
「空気と戦争」猪瀬直樹著、文春新書
をお読みください。この薄さにすさまじい情熱を感じました。史実がどうのこうのということでなく、猪瀬氏の情熱を受けてみてくだされ。まともにぶつかると、こっちが破裂してしまいそうでござるな。
「自分には何が良いのか?」
という自分を鍛えることが、まず、大切でござる。
人の話など、その人の話だけで、それにつられて「うまい!」「良い」「悪い」などと言う人についていかない方が良いのでござるな。
・・・・と最近テレビを見ていて思った。テレビでおいしいもの特集なんてやっているのを見ていると、結局は「脂、糖分」なのでござるな。
メタボ、メタボ、と国をあげて対策を練っていると公言しているが、世の宣伝情報では、メタボをあおる情報ばかり。どちらの情報にもあおられて不健康になっていく人々を見ながら、自分が生き残ってしまうのか?と考えると、憂鬱でござるが、
「自分!ってどこにあるのでござろうかな?、自分のやっていることってなんでござろう?」
そんなことを考えると、「戦争を直前にして無心に自分の仕事をやり続けた純粋さと、その後の悔恨」、一瞬でも「空腹」を忘れられる・・・
ただし、考えた後はやはり血が引くのでござるな(考えるのも運動でござるからの)。
血を回さないと・・・食べないと、食べないと・・・。
タイトルに悩んだのでござる。
実は、毎週おたのしみとして、デパ地下巡りをしているのでござるが、これを足で稼ぐとなると凄い運動になるのでござる。
例えば、銀座線の浅草から渋谷にかけて巡っても、右側にあるリンクを見ればわかる通り、あるのでござるよ。
これ、普通に切符を買って(またはパスモでタッチ)行ったら、当然大変な交通費になるので、地下鉄一日乗車券を利用するのが良いのでござる。
デパ地下はこれだけではない。
新宿、池袋、錦糸町、北千住、亀有、東京、豊洲、亀戸、ま、その他いろいろあるでござるな。思いつきで書いたので途中から路線図見ながらだということがわかるでござるな。
そんなの全部回れるはずがないのでござる。
そこで、webで確認できるところは、前もって確認しておこうと思うのでござるな。
最初は、

デパチカドットコム
単純明快に、調べたらこのサイトが出てくる。
最近、見ていて、これは凄いと思ったのは、

(こちらは、HPのトップ)
伊勢丹新宿店
催し物などのリンクがすさまじくて、見ていてわくわくする。
さらに、まとめて見ようと思ったら、「伊勢丹通信」を見るのが間違いないのでござるが、伊勢丹のサイトがこんなにすごいことになっているとは思わなかったでござる。これなら、まず間違いなく、足を運ぼうと思うのでござるな。
各百貨店のページに行くと、催し物情報や、チラシのPDFがあるが、地下の催し物情報も欲しいモノでござるな。これを確認しに行くために、毎週歩いているようなものでござるが、デパ地下歴2年ぐらいで、だいたい、この季節、どのあたりのお店が今週は入っているのかな?というのがわかってくるのでござる。
お気に入りのお店は、だいだい足を運んで、「来週はどこに行ってるの?」って聞いておくのが良いでござるな。そうすれば、毎週、そのお店の食べ物が持ち帰ることができるものでござる。
ま、それほど、お気に入りの店があるわけではないので、それほどの常連ではないのでござるが、
だいたい、買い慣れている店では挨拶をすることにしているのでござるな。見慣れた店員さんもいるでござるしね。
さて、そんな中、いろいろなデパートのHPを見ていたら、気になるリンクを見かけた。

百貨店world
というものでござる。
全部をまだ探検していないので、なんとも言えないのでござるが、結構いろいろ調べることができるのですごいでござる。ちょろちょろと書いてあることが結構見逃せないので、熟読してしまうでござるな。
日本全国の情報なので、その中から東京をピックアップするのは大変でござる。
いまのところ、自分の頭の中の方が、ちょいと詳しいかな?なんて思ったりもするのでござるが、自分で調べてきてそれをブログにするなると、たぶん、あちこち敵に回すことになるでござろうから、拙者は拙者のマイペースで良いのでござるの。
月曜、火曜なんて言ったら、イトーヨーカ堂のサービスの日でもあり、サミットもサービスデイでござるし、日曜の朝はポイントがたくさんついたり!とか、デパ地下どころでなく、スーパーを回っておかねばならぬのでござるな。
お店を回るのは良い運動でござる。
運動前の炭水化物補給、運動後のタンパク補給は忘れずに・・・。次動けなくなるでござるからの。
そのうち、デパ地下のお話もしないといけないでござるな。
以前、除湿器の話題を出したことがあった。
今でも、活躍中ですがね。
除湿器の吹き出し口と、その背後にはクーラーとヒーターが同時に存在する構造ですから、前面から冷たい空気が出ていれば、裏からは温い空気が出ている。部屋は涼しくなるわけがない。
ところが、除湿器、部屋の水分はかなり吸い取るんですよ。
20分ぐらい動かしていると、わかりますよ。
まず、汗をかかなくなりますね。
ま、それで、とりあえず、寝るときはあちこち窓全開にして、風があるうちの涼しさでなんとか過ごし、夜中になると風が止まるので、布団がじとーーーーっとしてきたところで、
除湿器スタート。
すると、心地よく、暑くて眠れない・・・、それでもまだましなほうでござるな。
ところが・・・・やはり夜中の湿度って結構高いもんで、除湿器が1時間半ぐらい動いたら、
「満水」
で止まりましてね、結局、熟睡する前に起こされてしまった。
「いやー、まいった」
すさまじい湿度でござりました。
昼間の気温が高いと、夜はその分の温まった空気が冷やされて、空気中に水分が残っておりますからね・・・。
でっかい家電量販店に行くと、やはり除湿器売れているようですね。それよりもエアコンの売れ行きがあがっているようで、従来のエアコンに比べて省エネ設計で、ずぼら機能が多く搭載されているようですね。
昔、ドアクーラーをつけたことがあるのですが、これの手入れが大変で、涼しいのはわかるが、2年で外してしまった。その後は暑さに耐えることにしたのですが、とうとう、我慢できずに、昨年除湿器を買った・・・というわけですが、
夏に除湿器・・・布団が汗で・・・なんて時に部屋に吊って、乾かすことできるんですよ。外に干せばなんでもないのですが、外に干しっぱなし・・・なんてことはできませんからね。
朝、起きて除湿器で軽く乾燥させたら、外に干して(早朝に干すと地面から湿気が蒸発して、濡れてしまうので、しばらくお日様が当たって暑くなるのを待った方がいいですね)、暑いうちに取り込んで、部屋で冷ます。この冷ますときにも除湿器を使っておくと、便利。部屋ごと除湿して寝るときには、カラカラ・・・・気持ちがよいが、夜中にはびしょびしょになる。
ま、一日だけの独りよがりってところですかね・・・。
こんなこと、夜中に眠れなくなって、書いているのだから、つらいってもんでござるなー。
木曜日の夜は最高に暑かったが、金曜日の夜になると、心地よい風が吹いている。不思議だ、水曜日、木曜日と夜中に熱中症にかかってもおかしくないほどの暑さだったのに・・・。
夜、寝る前にちょいと体を温かくしておくと、いくら暑くても眠くなるもんなのだそうで、キムチで体を熱くしてやったら、やはり寝てしまった・・・。でも、夜中に起きた。
金曜の夜は、やけに涼しかったが、夜中に雨が降ってきた。そして、土曜の朝方に地震があった。
暑くても眠れないが、涼しくても眠れたもんじゃない!
献血10回目でプレゼントいただきました。


作者も書いてあります。

なんと、10回目がスタートで、次が30回、50回、以後50回ずつ。
献血50回以上で60歳を迎えたり、68歳を迎えると表彰されるようでござるな。
驚きました。
いろいろ体の調子が良くないので、様々な薬を服用しておりますが、献血行くぞ!と思ったら、
我慢して、薬を1週間は飲まないですね。
そして、水で洗って、血液さらさらにして、健康状態にして、
それから、いざ!献血!
献血ファン(なぜか?)としては、この1週間がたまらなく面白いでござる。
次は、30回目指して、頑張るぞ、
規定で行けば、次回は11月でござるな。
東京都の光化学スモッグを観察する。
気温が上昇したら、要注意でござるが・・・お盆に入ったら、少しは大人しくなるかな?
携帯電話に登録しておくと、外歩きの時に便利でござるな。
すぐに地下にもぐるでござる。
地上にいると、喉が痛くなるのでご注意を!
朝、ニッポン放送のとある番組にて「ゴミ管路収集システムの廃止」の話をしていたが、これだけの管をあの都市、あの都市の下に敷いて、みなさん、ゴミ捨ててね・・・とやっていたのを止めるのは簡単だが・・・。
「ゴミ管路」「管路収集」「ゴミ 管路」「管路 廃止」と言ったキーワードで調べてみると驚きの記事が出てくる・・・というよりこれらの記事をまるまる読んでいたラジオのアナウンサーw。
その後、廃墟と化していくことについて・・・調査は行われていなかった。なんか、ラジオの調査調査というのを聞いていると、ふむふむと思うところはあるのだが、肝心なところが抜けていると思うのである。
この廃止・・・の後、住民はどうなったのか?また、システムのその後はどうなっていくのか?
というところに注目するのだが、
ラジオでは、
現在、なお続いている江東区のゴミ管路収集システムの話に切り替わった。
挙げ句の果てには、
管路で吸引している最中に燃える、燃えないに分別してくれればいいのに・・・なんて退化した願いを投げかけているのにはちょいと疑問?が。
さて、この管路ってどのくらいの規模で地下に埋められているのだろうか?
この地下施設は使われないまま、放っておけば、まさに、地震が起きたときにネックになってきますよね。使っていれば、なんらかの対処はするのでしょうが、使わなければ、人がいないのか?
人がいない・・・ってことはないんだろうな。何らかの金が動いているのだろう・・・、これも官民の関わりのように思えるが、無駄金が流れていく仕組みになっているのだろうな・・・。
この地下はその後、どんな謎を含んだものになっていくのだろうか?
各家に繋がっている管は、その後臭くなるでしょうね・・・さらに、プライバシーが守られることになるのかな?
なんて、不安を投げかけてみる。
わたしは、このシステムを知らない。このラジオの話で知ったが、こんなシステムがあったとは・・・驚きである。
記憶の掘り返しをするつもりはないが、
なぜか?
ぽかーーーーんと浮かんでくる。
以前、テレビで見ていて、これはすごい!と感じたものをネットで調べてみたが、出てこない。
それは、
「ケーブルの絡まり」
ケーブルの絡まりを解消する商品は出てくるが、ケーブルの絡まりについて研究しているという報告が出てこないのが悔しい。どうやって探したら、出てくるかな?
絡まらないケーブルを研究しているこちら
ケーブルすっきりアイテムはこちらのブログを読んで、製品の紹介はこちら。
もうひとつのアイテムはこちら。
と、品物の話は出てくる。
テレビで見ていたのは、大学の人の話だったと思いますが、ケーブルがなんで絡まるのか?ということをひとつのケーブルを何日にもわたってビデオ撮影し、どうやって絡まっていくのか?研究しているといった話題だった。
しかし、なんで絡まってしまうのか?そこまで結果を覚えていないのですが、
ケーブルをどんな素材で作っても、しまいには絡まっていくという不思議な現象だったのを覚えてます。
ケーブルというのは身近なところにたくさんあるもので、あれほど絡まらないで欲しいものはなく、
うちにも変に気持ちが悪いと言って束ねる人がいるが、これを教育しなおして、束ねるな!とするまで大変だった。
ケーブルは往復させて束ねると折り返した部分が「ストレス」となりケーブルが傷んでしまうのです。
ストレスなんて生き物にかかるものだと思っている人が多いと思いますが、stressという単語を調べてみればわかりますが、そういうことです。
メーカーからやってくる品物のケーブルの束ね方は、折れ曲がっていない輪になった形をとっております。
と、電気の通るケーブルを輪にして束ねると・・・それはそれで問題が生じるというのは知ってのことですが、一体どうしたらいいんだ!
と結局は商品そのものもリール状に束ねているのを見て・・・・
オーディオ的でない。
ケーブルが絡まらないためには必要最低限の長さにして、固定するということ・・・・。
結論はケーブルがなければ良い!
というところに行くのである。
なんか、強引な話の展開であるが、ケーブルの絡まりというのは怪奇現象だと思います。
絡まろうとすると、反対に絡まるという知的な素材を開発したら、これは世界的な発明だと思うのですが、そんなことってできるんでしょうね・・・・最近の科学を考えると・・・。
まとめる・・・という発想よりもケーブルそのものを考えてもらえないだろうか?
薄い紙のようなケーブルならば、横方向に絡まることはないだろうし、重ねて置いておけるしね・・・重ねたら誘導してしまうから良くないか・・・。
ケーブルが伸び縮みするとは言っても、中の導線・銅線が伸び縮みする訳ではないのでこれは解決になりませんね。そこの開発から考え直すと・・・これはノーベル賞的な開発ですよね。
ま、関連するところですが、コンセントのところで微妙な隙間が生じ、ホコリがたまって発火する現象も・・・これに関連して、解決策を考え出したら、画期的ですよね。
ただ、まだそういう国って感じがしない土壌を感じる・・・この頃です。不思議な生き物だな・・・人間って。
と、いうわけで、絡まった糸をほぐすゲームでいらいらしてみますかね。
こんなページと
実際のゲームのページ
むふふふ。
ココログは日々進化しているようで、最初はなんとなく訳がわかっていたのでござるが、なんだか、だんだん機能が豊富でわからなくなってきたでござる。
今度は、日記のタイトルをクリックすると、その日記が終わった下に、そのカテゴリーの過去記事がリストアップされるようになっているのでござるよ。これは便利だ!と思って、付けてみたのでござるが・・・、いかがなものでござろう・・・。
久々に、暑い日がやってきたようでござるな。
今日は、7月の終わりでござる。
土用の丑の日が終わって、やっと大人しく鰻が食べられると思ってほっとしておりまする。
さて、何をしようかな?
と、今日から北千住の丸井のデパ地下に
鯖寿司「新家」さんがやってきますよ。以前紹介した記事はこちら。

うまいですぞ。この肉厚の鯖見たら、びっくりでしょうね。おすすめは焼き鯖の棒寿司で「古代米」を使っているものはもう絶品のうまさです。写真はしめ鯖の棒寿司ですけどね・・・こっちは、それ以上にうまいですよ。
と、言いながら、よだれが止まらないでござるな。
北千住だから、自転車ででかけられる距離でござるな。
しまいにダッシュで行ってみるでござるかな?
ブログの左側に「あまいっしょ」、右側に「あまいっしょのおみくじ」を置いてみました。
キャラクターをクリックすると何かが始まる・・・。
もう、もちもちっとしていて、お腹が空きますねー。
6月28日木曜日から7月1日日曜日まで東京ドームでこんなイベントがありました。
東京お宝市場
29日の金曜日は文化放送の朝の番組「くにまるワイド」で生中継でした。ずっと聞いてました。
で、土曜日の今日!さっそく行ってきました。

14時頃に入って、筋道伝ってじぐざぐと歩いて1時間かかったなー。
実は、招待券をもらったので、そこのお店に行ったが、目的のものがなかったので、がっかり。
で、気に入ったのは
(株)福井洋傘・・・匠1ゾーンです。
蛇の目の洋傘を購入しました。オーダーメイドなので9月に到着です!
福井洋傘で調べると「ヌレンザ」というものが出てきますが、この超撥水傘はすごいですねー。欲しくなったけど、わたしは蛇の目が欲しかったので、両思いになって買った!というわけです。
なんと、永久メンテナンスなので、撥水が悪くなったり、金具が調子悪くなったりしたら直してくれるし、生地が悪くなったら交換もしてくれる。日本橋高島屋に職人展のような催事があるとやってくるそうなので、そのときには目の前で預かってくれるということもね、やっぱり高い品物とは言っても、買い捨てるような品物を高く買うより、そのものがずーーーーっと長持ちするようなものを一点でも高いお金で買う方がいいですね。
江戸の時代にリサイクルが発展したのは「もったいない」の精神ですからね。
追記:なんでも鑑定団に出ていた人があちこちで見かけられた。それは面白かった。!
あと、探さなければならないものは杯である。陶器なのにガラスのような繊細な唇さわりの白いモノ。あれは幻だったのか?
今日、昼過ぎに大雨が突風が・・・すごかった。
と、同居人が下の電話がつながらないんだけど!
あちこちいじってみたが、なんでもない。
試しに、このあいだ開通した光電話を使って、下の電話にかけてみると、
ぷーぷー
ということは線がはずれているなー?
と、外の出てみると、なんと保安器がぶらさがっていた。
ぶらぶらと風に揺れている。
北側にまともについているので、北方からまともに風や雨やヒョウを受けて
剥がれたようである。
それで、電話局に問い合わせたら、
やはり先ほどの風雨で電話故障の問い合わせが殺到したらしい。
保守部門になかなかつながらず、
やっと繋がったと思ったら、今度は人がいないとか・・・。
こりゃすごい体験をしてしまった。
ブログの乗り換え案内がやってきて何ヶ月か経ったが、どうやって移すのか?がわからず。
結局いままで投稿してきた記事を一個一個見ながら、また、アップロードした画像を整理し直してみた。
それにしても、随分書いたな・・・・。
カテゴリーで分類されていても、なかなか見にくい。
やはり、ホームページに主要な記事を移して、ブログには小さな記事を書くようにしないといけませんな。
書き込んでみて、あえて、整理しようとするとなんとも面倒なことに気づいた。
また、某SNSに書いた記事もみーーーんな消してしまったので、何を書いたか覚えてないが、
写真が残っていた。
それもすごい。
その写真を元に、記事を復刻しながら、ホームページに移して行こうかな?
なんて、思った。
ところで、最近ラジオを聞くようになって、ニッポン放送でなんと!Nannoが帯番組をやっていた!
「今日はナンノ日」というのかな?
その昔、日曜はアイドルデーで、確か24:00だったか、24:30だったか、ラストを飾るのがナンノさんだった。
そんな昔を思い出させる不思議なリズムのあのトークが復活していた!
なんて、思ったら、時間変更で、久々にエアチェック魂が蘇る!
あちこち録音しまくって、なんとかひっかかった!
いやー、癒されますね・・・。
ちなみに、昔は文化放送のPM7:00頃からはアイドルが盛りだくさんで、家に帰ってどうのこうのというよりも携帯ラジオを持ち歩いて、いつでもどこでも癒されていた。勉強どころではない、これを聞いていないと生きて行けない。なんて、中毒症。そんなころのDJだった太田英明さんも今や40を過ぎてしまって、声は少々大人しくなってますねー。なにせ、太田さんの声を聞かねば生きていけず、さらに太田さんにあこがれて学生時代は放送のサークルに入ったもんでして、歯切れの良いしゃべり方はできませんでしたが、文化放送入社?か?なんてことはとてもとても・・・。しかし、久々にラジオを聞いていて、いつのまにやら、また携帯ラジオを手放せない生活に戻ってしまったようである。
最近、デジタルなラジオとHDDを積んだラジオなんてものがあって、エアチェックすると1000時間?いやーそんなにラジオを録音してどうするんだ!と思うが、やりかねないので、買うのはやめました。テレビの録画でさえ、毎週数十時間というとんでもない録画をしているが、ラジオが入ったら、テレビを見るのが嫌になっている。
ま、ラジオ?
なんて、言っているみなさん、ラジオ聞いてみると、結構リズムのテンポがよくて、いかにテレビがだらだらしているかわかりますよ。見えるというのがいかにごまかしているか!なんですよね。ラジオは見えない分、想像をかりたてて、さらに聞き飽きないようにするというのが、技なんですね。
うるさい!なんて思っているうちは、実はじっくり聞いている証拠ですから、毛嫌いせずに聞いてね!
と、もうちっと、携帯ラジオの普及をお願いします。
ニッポン放送
リアルタイムで放送中の番組がわかる。
朝はモリタクさんと垣花アナの爆笑トークがたまらない朝5:00から笑いが止まらないです・・・。
文化放送
朝に吉田照美さんがやってきて、なんと!アシスタントは今人気上昇中の枦山南美さんですねー。
じつは、昨日からぼーーーっと楽しんでいるのであるが、NTTのフレッツスクエアでは60Mなんてスピードが出たのでござる。ところが、このフレッツスクエアで動画を見るぞ!と思うと、見たいモノがなく、また、gyaoネットなどはwin専用。不便。
で、そっちの接続をしないで、普通にインターネットを楽しむと、自分のパソコンについているスピードメーターでは平均11Mなのです。
ま、100Mなんて夢のまた夢ですね。
今までが64Kだったので、すさまじい速度違反でござるが、それにしても、行く場所行く場所によって速度が変わるから面白いものです。重た〜いところは、やっぱり重た〜いですよ。ブログを書くにはこの速度では速すぎるぐらいですね。
4月23日にBフレッツwithniftyに申し込みをした。
それまでは、PHSの接続だった。
ホームページによると1ヶ月はかかるとのことだったが、電話での受付を行って、いろいろ話を聞いているうちにいろいろ不安が解消された。
なるほど・・・そうだったのか・・・。
と、今申し込むと5月3日に入れますね・・・とまさに1週間ちょいで開通とは素晴らしい。
4月30日までのキャンペーンには間に合った。
そして、今日5月3日、午後13:30頃に業者の人が2名と警備の人1名で、終了は15:00。線を引くのにちょいと手間取った。
なにせ、2Fの壁に電話線があり、そこから、1Fに移動して、今度は2Fに移動し、さらに3Fへ移動。家の中をぐねぐねと這っていた電話線の管に、ベテランの手腕が光り!なんとか1時間程度で済んだ。

ルーターまで一体となった機器を設置して、終わり。
うちはmacなので、面倒な接続設定がなく、コントロールパネルでちょいちょいと設定したら、あとは終わり。
まー、びっくり仰天のスピード。
最初ね、10Mぐらいのスピードだったんだけどね、時々70Mなんてとんでもないスピードが起きたりして、動画を止めずに見られたのはすごかったけど、安定してないので、見られないときは見られない。
ま、今までとは違う環境に、パソコンのスピードが追いついていないのは確か。
こりゃすごいや。
追記:なんかね、この機材はルーター内蔵ということで、この機械にパスワードを入れておくと、単純にルーターの機能になって、複数のパソコンが共有できるとかうんぬんなのだそうだが、実は、全く意味がわからなかった・・・。
今日は写真ありません、ほとんど愚痴です。
納豆はまだ収束していない。
わたくしの家では、毎週2回朝食に納豆というルールがあります。3回は焼き魚、1回は目玉焼き、残りの1は自由(ほとんど納豆になってしまう)。
そんなルールが最近砕けたのであります。
それが納豆騒動であり、いまだに近所のスーパーは納豆の陳列棚は空っぽ。
たぶん、わたくしが外出している最中に入荷して、その入荷と同時に群がって買って行ってしまうのだろう・・・。
ま、入荷のシステムが難しいのはわかるが、みなさん、買いすぎだし、ケチ。
と、いうのは安いのしか買わない。高いのは売れないから入荷しない。安いのが入れば、みんな買いあさる。なんとも、貧相な町だ!と嘆く。
と、川を渡って都会に行くと、あるところにはあるのだ。
これが不思議で、さらに、デパートにはどうかな?と思うと、ない所はいつまで経ってもない。
デパ地下で納豆専門の出店を見かけたが、それほど売れていなかった。
これにはさすがに仰天。
さらに、とある都市であるデパートとあるデパートのスーパーのようなコーナー、そして豆腐屋では納豆が入荷していないのに、物産コーナーにはちゃんと納豆がたくさんある。なんで、こっちの納豆は買わないのか?茨城産でないと買わないのか?
と、デパート巡察して2週間目が近づいてくるが、とあるデパ地下のスーパーで在庫を出しているところに人の群れができたのを見た。納豆に群がるのはどういう意味なのか?
一家族3人だとして、朝1、夜1で一日6パック。毎日買うのは面倒だと1週間分まとめて買うと42個買うつもりか?
と、信じられないことを想像するのだが・・・・。
納豆をあつあつのごはんにかけて食べるCMを随分前に見たような?記憶があるが、とある情報番組によると炭水化物は太ると言うし、納豆はそのまま食べると言うし。
すると、今、納豆のCMはやっているのか?テレビをちらちらと見ていてもなかなか出会えません。そこでは一体ごはんの上にかけて食べているのか?それとも納豆をそのまま食べているのか?
と、今度はドラマの食事シーンにちょいと注目してみようか?と思ったが、ドラマを録画して、早送りしてもなかなか、納豆を食べるような食事シーンに巡り会えない。
いまのところ、2週前のとある番組でやった納豆の食事シーンが人の目に焼き付いてしまっているから、納豆はあのように食べるべし!ということになってしまっている。
なにやら、あやしいのは納豆を食べ過ぎると良くないという情報まで出始めているようだが、納豆で植物タンパクを摂取されてしまうと、動物タンパクの摂取が少なくなって、そちらの団体が流したという訳のわからない話までネットでは広がっている。
納豆は一体どうなっているのか?とネットで見ているウチに、訳のわからないことになっているのは間違いないですね。
と、そういえば、寒天でダイエットなんてのも一体その後どうなったのか?・・・・とあるお店でところ天購入に1ヶ月待ちとした所にて聞いてみるとところてんは普通に売っている。しかし、今は納豆が入って来ない。うれしい悲鳴なのか?
これで今度、豆腐ダイエットなんてことになったら、真っ先にこの店から豆腐が消えてしまう。
そんな恐怖を感じているが、
いったいどこのどいつが、こんな訳のわからない情報操作をしているのだ!
海外にまで納豆報道されているようじゃ、ジャパンはおしまいじゃ!
ばかやろー!
と、納豆がどこで売っているかネットで調べていたら、
「納豆がない!」
と悲鳴をあげているブログが多数。
そういえば、ところてんが店から消えたのも懐かしい話であるが、
茂蔵ブランドのところてんなんか、1ヶ月待ちなんて言われたらさすがに
いらない。
稲取のところてんなんて、なくなってしまったし、
と、今は普通に売っているところてん。
時期が終わればなくなるので、品切れというわけではありません。季節ものです。
さて、納豆ね。
先週の「あるある」で納豆がどうのこうのなんて言ったものだから、
いつも買っている納豆がない。
三之助の高級納豆でさえも売り切れてしまうほど。
おいおい、手当たり次第買ってしまうんか!
と、デパートを歩き回ったら、やはりない。
と、とあるところでいつものように売っていたのでござるが、
それでもなくなりそうな雰囲気があった。
いつまで続く、納豆消え。
それで昨日の「あるある」では
ガンの対策に野菜と言って、「大根」が取り上げられていたが、
びっくりしたのは
英語の中に「daikon」という単語が入っていたのは笑った。
うちは、毎晩、大根を何かしらの料理に入れているので、
これで大根がなくなったら、どうなってしまうのか?
ある俳優のひとことにも大根一本をすり下ろして使うとか・・・
うちも大根一本おろして、鍋につっこんで、大根おろし鍋なんてものをやったことがあるが
これで豚肉を食べると実にうまい。
なんて、のろけても仕方がないが、
ま、サラダを食べよう・・・・なんて、これでキャベツの千切りパックがなくなるだろうな。
サラダミックスの袋もなくなる。
うちは、サラダとして野菜を取らず、必ず蒸す、煮る、焼くで取っているので、
野菜が市場から少なくなると、高騰するのか?
やめてくれー、ただでさえ高い野菜を!
「あるある」君、市場を混乱させるのはやめてくれー。
というのは願い。
アントワネット、宣伝してますねー。
見ないとは思いますが、ファッションとスイーツがふんだんに出てくる映画はもっと作ってほしいです。
さて、先週、初チャレンジをお話。
セブンイレブンのおでんを鍋を片手に買いに行った。
セブンイレブンの匂いはおでんの匂いで嫌いになったことがあるが、最近、おでんの匂いがメインではない。しかし、おでんには匂いがあるが、
買って、はじめて口にした味は、実にシンプルであった。
なるほど、これなら、嫌な感じもないであろう。
と、おでん屋に近づくと、ぷーーーーんと昆布ベースのいい香りがするのだが、なぜか?コンビニのおでんは臭くなっていた。
最近、それが解消されて、大人気になっているとか。
その昔、うちの近所におでん屋なんてたくさんあったのだが、小鍋を持って
「おでんちょうだい!」
って買いに行ったものです。
豆腐屋にも小鍋を持って行って、
「おじさん、豆腐ちょうだい!」
と行って買い物をした。
今、考えてみると、なかなかエコですね。
さて、そのままでは済まされないうちのひとりごと。
コンビニおでんをポン酢で食べた。
これはなかなか面白い味ですよ。
とあるところに、自分への連絡簿として、掲示板を置いておいたら、
スタートから85件目まで妖しい書き込み。
85件目がわたし。
そこから111件まで、放っておいたら、また妖しい書き込み。
112件目が「いいお天気」とわたし。
そして、年明けて放っておいたら、
11月17日から1月7日まで99件も!
放っておいたら、すごいもんだ。
最近、びっくりしたページ。
http://www.technorati.jp/
こんな検索システムがあるんだー!と
いろいろ試して遊んでます。
ふと、「ツイングリラー」を検索してみると、うちもHitするし、
ぎょ!「ツイングリラーなどの調理家電の激安通販」
と、そのページは探してみてください。
さらにリンクがあって、値段をみると、確かに安い。確かに通販以外で手に入れられる様子がないので、通販の10000円に泣く泣くお金を支払い、お手入れ悪くて、
「なんだ!このくそ!」
となってしまうことでしょう。
この値段なら、納得・・・とばかりにいいお値段ですね。
送料込めたら、ちょいとあがるが、通販でも送料は別料金ですからね。
送料無料まで買うと、無駄な買い物をしてしまいそうですから、
ま、送料があるのは我慢です。
配送業に資本投資しましょう。
と、いうわけで、ブログを検索するページと、ツイングリラー激安!
2つも手に入ったわけです。
ちなみに、
wabisaを調べると、もうたくさん、うじゃうじゃ。
わたくしのこのブログに来るためには
「wa・bi・sa」と中点を入れないと出てこないんですよ。
一応、お店の名前を正式に書いただけなんですけどね。
googleで調べると、何かあるごとに、niftyをもう一個の検索後に追加すると、わたくしのブログのページが出てきやすいですね。うちでは何を書いているのだろうか?
と、最近、多くなってきて自分で何を書いたか覚えてないぐらいですから、
ちょいとびびってます。
ブログの検索システムが普及すれば、自分のところだけでページ管理が出来ていいですよね。
ご苦労をおかけします。
さっき何かあったか?
今さっき、そんなことがあったような?なかったような?
あ、夢か?
でも、いつ見た夢だ?いや、さっきだ。
朝方見た夢は違うモノだったような?
あれ、今、見たのは夢か?
しかし、リアルだな・・・・・。
もう、なんだかわからない時間があちこちにあるが、今、歩いていて、そこで何か見た?と思ったら、なんか今見た景色がさっき焼き付いていたのと同じで、もしかすると、今さっきここにいたのか?と思ってふと気づくと、今、ここにいる自分にびっくりする。夢の中の夢の中にいるのか?起きているのに、夢を見ているのか?
ぼーーーっとした瞬間に、夢を見始めるのか?
一体何なのか?
最近、こんなことが多くなってきた。
今日の朝、ワイドショーで「二日酔いで運転して、事故を起こした・・・飲酒運転」。
当然だろうなー、と思うが、前日にビール5本というのも、何が5本なのか?通常で考えると中びん5本ということになるが2.5リットルとはすごい。
土曜日に1350ミリリットルまで飲んでみたが、日曜日はすさまじい頭痛の嵐。二日酔いである。これで、車に乗って・・・何もしたくないものである。どこかに出かけようなんて気にもならない。
二日酔いを軽減させる方法として、一生懸命汗をかく、サウナにはいる、お風呂ですっきり、さらに酒を飲む、砂糖水を飲む、ポカリスエット一気のみ、早朝ランニング、点滴注射、・・・・なんだかすさまじいのばかりですが、本当によくなるのだろうか?
わたしがやることは少々甘くしたてた出汁のめんつゆで温かいうどんをたべて、布団をかけて寝るのである。すると、体があったかくなって、不思議なことに頭痛がなくなってくる。午前中なんとか寝てしまえば、午後には身動きがとれるようになるのだ。
では、いつ、二日酔いになるのだろうか?
そんなことを実は研究したことがあるが、なるか、ならないかの境目が大変難しい。少ない睡眠が何年も続いているのでこんな研究ができた。
さて、大酒を飲んで、頭が萎縮していくような感触が襲ってきて、目が自動的に閉じていく。見える映像は中央の奥から円とは言えぬいびつな形の模様が同心輪状でやってくる。うしろを振り返ると果てしなく遠くに広がっていくがこちらの彼方には暗闇とずっと向こうに白い点がある。それはなんだかわからない。この中を動きまわってもどこをどう動いているのか、わからない。
と、しばらくすると天井が現れて、自分の部屋に戻ってくる。まだ、多少腕から、足からしびれが残っている。トイレに行こうとすると、自分の足で立っているのか?何なのか?しかし、立って歩いているのは間違いない。しかし、倒れない。この感覚はもしかすると達人のバランスでは?などと思いながら用を足して、布団に戻ってくる。と、すでに頭が痛い。・・・・・麻痺睡眠から目覚めてわずか2時間の出来事であったが、排尿覚醒にて、頭痛がやってきた。ここで、一枚布団を多くして、熱くても我慢して耐えるのである。
「ずき、ずき、ずがん、ずがん、ず、ず、どーん、どーん・・・・」と不思議な痛みが続く、これは心臓の拍と同じでちょいと心拍数が高くなるようなことを考えたりすると、頭痛の刺激も増す。拍数を抑えるように、するのであるが、そんなこと言っても呼吸法しかないので、吐く量を多めにする・・・・・。しばらくすると自分の周りの空気が臭くなってくる。自分の喉の奥から感じる呼気もなにやら匂い始めた。そして、喉が渇き始める。
枕元にある、緑茶またはウーロン茶(いつも何が置いてあるかランダム)を飲む。以前、調子が良かったのはウーロン茶であり、ウーロン茶の水分吸収量はなかなかであった。・・・・がこのウーロン茶、部屋に置きっぱなしで長持ちしないのである。腐りやすい・・・というのか変化しやすい。どういうわけか?緑茶だと変化が少なく、腐るスピードが遅い。最近は緑茶にしている。
飲むと、体温が下がるのであるが、それをなんとか布団の中で頑張って上げるのである。ある程度上がってくると今度は軽い睡眠状態に導かれていく。ここから本当の睡眠導入なのである・・・が、どうにもこうにもすぐに夢モードに入るので、眠りが浅い。こういう時に限って、夢の中で眠りに入ってしまうので、訳がわからぬ状態になる。しかも強引に覚めるので、次に眠るのが大変。
さて、1時間ほど夢を見ていたようだ、うつらうつらと起き、再びトイレに行く。トイレの往復でだいぶ目が覚めてしまうのであるが、この時もまだ、頭痛がする。しかし、先ほどよりも「つき、つき、つ、つ、と、と・・・・」という程度の刺激である。まだ、飲酒後4時間ぐらいか・・・2度目のトイレはだいたい午前2時である。ここから再度睡眠に入るのにはかなり気合いがいる。一番寝にくい時間なのである。と、いうことで、布団の中の温度を変化させずに、無の境地に入るようにするが、なかなか最近いろいろな考え事が浮かんでくるので、本を読む。1冊、2冊目あたりで疲れて眠る・・・・とこの眠る時間がなんと午前4時半頃(タイマーが働いてテレビが付く頃なのである)。テレビがつき始める頃に浅い眠りにはいるのである。睡眠学習というわけではないが、4時頃にやっているニュース番組が頭の中に入っていく。そして、午前5時45分頃、再び意識がはっきりして目が覚めるのである。それまでは、夢の世界でもテレビがついている。半分起きているような状態と言ってもよいでしょう。
午前5時45分頃に目が覚めるようになったのは、阪神淡路大震災の時間がこの5時44分頃の臨時ニュースではなかっただろうか?今でも日本テレビ系列で阪神淡路大震災の話題があるとこの時の番組が出てくるが、実際に見ていたので、おそろしさがまだ残っている。朝のニュースは何が飛び込んでくるのかわからない。臨時ニュースだったと思ったらその後の5時59分から始まる番組では火の海が飛び込んできた・・・・。
朝6時の時点で、頭痛が取れていれば、二日酔いにはならないようである。朝6時の時点でまだ、頭痛が続いていると、午前中はこのまま続く。その強さが「地面に頭を打ち付けたようなグワン・ドシン感」があると食事ができない。軽い頭痛なら、朝食はなんとか取ることができる。朝食はうどんなのである。そのまま仕事に行くぞとなるとカイロを抱くか抱かないか、移動中はランニングを含めて、運動を行う。
さて、大酒を飲まなかったにしても、同じようなサイクルで夜中を過ごすのであるが、たいてい、午前2時から午前5時ぐらいまでの思考時間がつらい。そのお返しが昼間にやってくるのである。昼食後、猛烈に眠い時間がやってくるのだ。これを頑張って阻止すると、午後6時以降にもう一度意識不明時間がある。これは阻止できず、たいてい電車の中だから戸に寄りかかって倒れない格好をして落ちるのである。
このサイクルをどうにか変えないと行けないと思うが、どこをどう変えたらよいだろうか?
すがすがしい朝を迎えてみたいものである。
動物虐待と言えば、そうなる。
うちの近所の野良猫に飯をあげるな!と叫びたいが、近所問題に発展してはならないので、間接的に戦うしかない。
と、そんなことはどうでもよいのであるが、配給待ちのネコは、わたしの姿を見ると逃げる。
しかし、引っ込むとまた、元に戻ってくる。
行けば逃げる。
味をしめており、ちょいと待てばいなくなることは当にわかっている。
そして、配給されてのんびり食べているところにわたしが現れると、「このやろう」という目でにらみつけ逃げていく。ところがまたやってくる。そこで食べ始めてから現れたら、「すさまじい殺気を目に浮かべて」逃げていった。そしてまたやってくる。しばらく食べているのを観察していたが、先ほどまでの食べ方とは比べものにならない速度で食べ始めたのである。ここで出て行ったらたぶん喉にひっかかるのでは?と思って、再度現れたら案の定「鳩が豆鉄砲をくらったような、どんぐり眼で、喉を動かし、必死に流していなが、睨みをきかしているが、少々苦しそうに体勢を整えて、こちらの動きがないのをいいことに、体内の運動を必死におちつけさせている様子」が伺えた。ところが、こちらが動かないのを感じたのか?また食べ始めたので、そーーーーーーと近づいて行き、まるでだるまさんが転んだのあそびではないが、普段5mも近づけないのに1mまで接近したすると、さっと逃げた。そこで、すぐに振り返って、隠れると、頭に来たのか?なんなのか?一目散に戻ってきて再びがっつくのである。草場の陰から突然60センチ前方に現れたわたしの姿にさすがにびっくりして、目の大きさは今までの2倍ほどに開いたのではないだろうか?というほどの驚きであった・・・・・。
もう付き合ってられない。さ、うちの朝食の準備をしないと・・・。まさか、エサやり婆の家の前でこんなとんでもないことが起きているとは婆も気がついていたかいないか?逆にストレスが溜まってきた。
野郎はきっとストレスが溜まったと思うが、そのストレスの変換は食に変換されたと思われる。なぜか?
再度、家の戸をひっかきながら、おかわりを要求しているのである。しばらく、がりがりやっていると、中から迷惑そうな顔をして偽善者が現れ、新たな缶を開けて入れていた。あー、なさけない。
と、わたしの方は言えば日頃のストレスのおかげ、さらにこの野良猫が増えつつあるこの町の体勢もそうだが、変換が食拒否に変わる。そして飲酒は不変なので、これには困った。飲酒をやめれば、まず断食への道に繋がる。飲酒のおかげで、とりあえず、カロリー補給はされているが、このまま行けば、別の廃人になってしまう。静かなところはないのだろうか?
正常な変換とはいったいなんなのだろうか?もう一度、心理学の勉強をしなおさなければならなくなりそうだ。
最近、朝方になるとひんやりとした空気が部屋に入り込んでくる。
空気の匂いは工場町にしては田舎の香りがする。
毎朝、野良猫に餌付けをしている無責任な家に石でも投げてやろうかと思う朝の時間。
目覚めが野良猫のエサねだりの声なのである。
自分がいないときは、ほったらかしで、道行く人に汚い体をなすりつけている雄ネコ。
最近、エサ場に老野良猫がちゃっかりやってきて、食べ残しを食べていくなんてことがある。
いつも団体3ネコ組の兄弟姉妹?、人気の多いところにいるので人が近寄ってもびくともしない。
普通ゴミの日になると、かならず端っこでひっかいているが、わたしが近づくと一目散に逃げていく。
最近は野良猫たちの天敵になっている。
エサやりをやっている無責任な人々はゴミをちらかした野良猫の後処理はしない。
あちこちで妊娠した子供の世話を見るわけではない。
まして、ネコにはエサを与えても、寝食に困っている人に手助けをするわけではない。(実は多い)
一時、考えたのだが、野良猫を見て、気の毒に思うのは自分と照らし合わせているからという風に考える。
甘えた声で自分にすり寄ってくる・・・頼られていると勘違いするのだが、実は、人に頼りたい。
このネコに頼られて、エサをくれてやろう・・・そうすれば自分に施しが返ってくるのではないだろうか?
まったく、いいかげんな発想であるが、心の中が枯れ果てた人が多いのではないだろうか?
すると、自分を照らし合わせてみると、
「この野郎、ゴミを荒らしやがって!」
と、同じように、自分が何かを荒らしているのだ。それを上から叱られたいと思っていることになる。
投影される、投影するものの対象がそこにあるというのはまさに恐ろしい。
さて、夜中は異様に暑くなるくせに、朝方になると不気味な冷気が入ってくる。
それと同時に気持ちの良い森林の香りが漂ってくるのだが、周りに森林などない。せいぜい、さくらの木。
そして、朝の配給に訪れる野良猫の声、そして通勤途中で人の家の前で吸いかけのたばこを投げ捨てていく人・・・・この煙がなんとものすごく純度が高い状態で入ってくる。
まるで、目の前で吸ったのか?と思うぐらいに濃密な煙が勢いよく入ってくる。
これにはたまらない。
深呼吸したら、たばこの煙・・・・。
歩きたばこ禁止の条例が出ているが、そんなもの浸透はしていないのである。
さらにうちにポイ捨てしなくてもいいだろう・・・、とこの時間に野良猫が待っているのを追っ払い、たばこのポイ捨てをにらむために、箒で掃いていたら、さすがに、止まりもせず、通過して、何軒か先の家の前にポイ捨てして行った。・・・・野良猫はまさか朝の配給の時間にいるとは思っても見なかったかのように、いつもの調子で路地から出てきたら、わたしと目が合うもんんだから、まさに、首をすくめて「どきり」の顔をするではないか。これは笑った、こちらがにやりとすると、向こうは後ろ側の足を一歩引き、逃げのポーズである。こちら、前に出した足を一歩すり足で前へ出すと、体をひねり始めた。そして、左足を前にすりだした途端、一目散に逃げていった。
と、何も知らない間の抜けたえさやり人は、エサを持ってきょろきょろしているのである。そして、道路を隔てたわたしの顔を見て、睨みつけ、そして、家に入っていった。「あほか・・・」と思うだけである。
ヘビースモーカーに一日、1服にしなさい、というのもなかなかご苦労なことだが、勝手に思ったのは、どこかの国で子供を増やさないようにと子供を一人にする政策をくんだところがあったような・・・・たくさんになったから1まではOKという。すると、たばこも1本まではOKなんて言ったら、
「俺、1本目だよー」
と、いつでもどこでも1本目なのである。たばこの封を見てみればわかることだし、たばこの販売も1本売りにしたら笑うだろう。それこそ、原価いくら?なのかわからないが、たばこ税が上がって今や300円を超えるたばこ。平成のはじめの頃に300円を超えるたばこと言えば海の向こうからやってきた訳のわからないブランドたばこ。あんなものが売れるのか?と思ったが、持っているだけでおしゃれということでそれなりに売れたようだ。まさに「あほか!」の世界である。
ブランド品を持って歩いてみても、それを手に入れるために汗水流して○○して、高い品物一個。そして、また一個。またしても話を切り替えるが、ファミコンのゲームで、最初はみすぼらしい格好をして、弱い外敵をやっつけお金を奪いとり、そして経験値を高めて、食もおろそかにしながら必死に金を奪い取り、1ランク上の武器を買って、やっつけて武器を買って、武器を売って、やっつけて武器を買って、食料を買って、やっつけて、経験値が高くなるにつれて、現れる外敵も強くなり、奪い取れる金も高くなる・・・がランクがあがると武器の値段も半端じゃない値段になっている。それなりに金を奪い取るべく、外敵を倒して行かねばならぬのだが、いつまで続く。
ブランド品、なんて言って最初はそれなりに手に入るべく、得られたお金で買ったブランド品、もうすこし、汗水流して飯も食わずに「ダイエット代わり」で、他の装身具などそっちのけ、やっと買ったぜ300万円のバッグ。「あほか?」上から下まで1万円の装身具に300万円のバッグが浮くだろう・・・。
経験値を高めていかないと、それ相応のものは身につけられぬだろう・・・・。生まれて死ぬまで金持ちのなんてことがあれば別だが、汗水流して必死になってまで、高価な品物を手に入れ続けなければならない見栄というのはどこから来るのだろうか?
毎日、服装が違う。
わたしは、同じものを3着も4着も買う方なので、だいたいいつも同じような格好。普段着が制服のごとく、同じ格好。・・・・・すると不潔に思われるのである。
毎日、違う格好をしていると、今度は、裕福なと思われるようである。
誰が、そんなことを言ったわけでもないのに、思われている感覚が自分にぶつかってくる・・・脅迫症状であるとしか思えない。
無言の視線から、他人の言葉が視覚化されて、それを受けてしまう。目をつぶると、どうだろう・・・・今度は様々な不安が襲いかかって、自分が目をつぶっている間にその外側で自分に不幸が訪れているのではないだろうかと思ってしまう。耳をふさげば、誰からが自分の悪口を言っているのではないか?鼻をふさげば、自分ひとりが、臭いところに紛れ込んでしまったのではないか?口をふさげば、誰も近寄って来ないのではないか?
様々な脅迫症状が自分を襲っているのではないだろうか?
朝、すがすがしい目覚め。というものをここ「ん十年」と味わっていない。寝るには感覚麻痺を利用する。副作用は夜中に目を覚ます・・・麻痺睡眠は、後から覚醒作用が働くのであるが、また、同じ事を繰り返すと確実に腐ってしまう。夜中に目が覚めたら仕方ないと思うが、夜中はよっぽど行事とぶつからない限り静かなのである。
野良猫の集会、正月が近い、学校の春休み、夏休み、冬休みのシーズン、神社の祭りの夜中、盆踊り、10月10日を真ん中にした何週間か(学校で文化祭か?、大学ではだいたい11月だが、小中高あたりは9月10月かな?)
夜中、賑やかな時はひたすら天井を睨んで、「おい!寝ろ!」と天井にいる自分と問答している。
静かな夜は、目をつぶっていると、朝までの時間が短くなる。賑やかな夜は朝にならない。
毎日、寝不足で生活しているようなものだが、最近のおたのしみは20分から30分バスに乗って寝ること。途中で降りなければならないのだが、いつも終点まで言って、運転士に起こされている。途中、目覚めると、「あれ?もうお昼?」なんて思うぐらい街路灯の光が直接当たってまぶしいなんて時や、対向車のビームが目に当たって、「朝か?」なんて錯覚してみたり、バスに揺られている時間、自身の記憶は破壊されている。
眠いぞ・・・・と思う頃、それに任せて寝てしまうと、起きるぞと思う瞬間に、時間旅行する。これが楽しい。今日の朝なのか?昨日の朝だったのか?自分が何らかの学生だった頃の朝か?夜か?
動いている時間と、たぐり寄せている時間と一致しないと潜り込んで大変なことになるが、時間旅行しないで無空に浮いて寝ることはできないのだろうか・・・・・・・・・・・・・・。
あー、朝は来ない。
「都」という文字を書くのに、筆順がどうだったか?考えてしまった。
考えるまでもなく、分解してしまえば、「土、ノ、日、フ、ゝ、|」なのである。なにやら、某テレビ番組の合体漢字のようであるが、左にある「者」という字がどうしてもきれいに書けない・・・・ここから筆順を悩んだのである。
「土」の筆順は「横、縦、横」なのである。これを「縦、横、横」と切り替えると、左側に寄ってしまうが縦筋をしっかりさせることができるのである。従来の横縦横と左に寄るにしても二階の土台が先に敷かれてしまっているので二画目の縦が影響を受けるのだ。まっすぐ引きたくても一画目の横棒次第で形が崩れるのである。緊張の度合いはここから始まるのだ。
その延長とも言える「者」であるが、「ノ」のおかげでまっすぐに立たせるのが難しいのである。この「ノ」は建物を袈裟懸けに「ばっさり」と切って、今まさに左側に落ちていく寸前というところなのである。これを支えるのは何か?下の「日」なのか?
と、訳のわからぬことを始めるのである。この「土」の縦棒と「日」の中心を合わせるべきか?
この部分ではセンターを合わせると縦長になり、センターをずらせばずんぐりとした字になる。その中間ということだから、やはりセンターを合わせるべきではない。
「都」となると笑ってしまうが、「者」でないので、このバランスを見ていくと、「都」での「者」は縦長にすると美しく見える・・・つまり「土」と「日」のセンターを合わせる方向に持って行くと「都」がかっこよく見える。
と、こんなことをモヤモヤと考えていると、「土」を書くには「横縦横」と書いても、「都」を書くときの「土」は「縦横横」と書くとすっきりするのである。不思議である。
以前、某学校の先生より聞いたことを思い出したのは、書き順で文字の形が決まる。書き順が狂っているのは、その人その人による文字の感覚で、その字を書きやすいようにと最適化していくと「そんな」筆順になっていくのである。また、筆順を変えると「字」が変わる。
と、そんなばかな・・・と思ったが、今、「都」に関して思ったことは、たかが「土」の書き順を一カ所入れ替えただけで「字の姿」が変わってしまうとは!と驚きなのである。
これで字がきれいに書ける!というような筆順に関するおかしな本を立ち読みしたことがあるが、(本のタイトルを忘れた)この中に「日」と「口」の書き方・・・に違いがあるのをご存じだろうか?
これはびっくりした。こんなこと意識したことはなかったが、これを意識するとやはり「字の姿」が変わる。
「日」の右側の「縦棒」は下に若干はみ出す。
「口」の下側の「横棒」は右に若干はみ出す。
ただ、それだけなのである。
覚え方は「日向ぼっこで足が伸びる」、「横から口を出す・・・口をはさむなのだが、ま、いいか」
しかし、大幅に出してはいけない、さりげなく出すのがポイント!
実に難しい。
そして、よく線と線との境が書き出しによって離れているのがあるが、離さなければならない箇所以外は決して離さない、そしてはみ出さないというのだ。
これを守っていくと、不思議と自分で書いた文字のくせに、なんか別人の文字に見える。と、すぐに変化するわけではない。
くせというものが邪魔をする。
なにせ、どこかで身についてしまう行書体のせいで、離すからこそ美しいと感じてきたものを否定して、隙間を埋めながら書かなければならない。つまり、隙間が空かないように注意して書くと言うことが、どれだけ緊張のいることか!ということになるのだ。隙間が空くのは、くっつけなくてもよい、書き出しをフリーに選べるということで、文字が「ぐにゃぐにゃ」になりやすいのである。
活字を見慣れているために、本来、ペン字で行う「字の姿」を活字調に書こうとしたり、行書体のような感じに書こうとしたりするが、字を書く上で「ペンの特性」に合わせて書くのがいちばんなのである。
鉛筆は斜めに筆を置けるが、ボールペンはなるべく立てる。万年筆は「寝かせて」も良いが最適な角度がある。先がフエルトのようなサインペンの場合、当てる位置によって太さが変化する。ボールの性能が良いとなめらかに筆が進み、摩擦が多い時にはなかなかなめらかに文字を書けない。
そんなことを、一個一個考えながら、文字は変化するのである。そこで、「字の姿」が役に立ってくるのではないか?と思ったのである。
しかし、最近タイピングに慣れてしまった私は、文字を書くよりも叩く方が字の数をこなすので、ペンを握ろうとする握力が落ちてきている。
さて、考えたことあります?
最近、素直に天気予報の言うことを聞いている。
今日は上着が必要ですね。
明日の朝は冷え込むので掛け布団が必要です。
今日は帰りがけに一雨くるでしょうから、傘を忘れずに。
今日は午後から蒸し暑くなるので上着はなくてもいいかな?
・・・・・
風邪引いた。
べつに、天気予報のせいにしている訳ではない。
参考にして、自分なりに分析をしているが、これは予想外のできごと。
毎日、気温の変動、天気の変動が激しい。
さらに、夜寝るときと、寝ているときと、起きる時との気温差、室温差が激しい。
寝る前に大酒を浴びると、体温のコントロールが悪い。
つまり、寝ているときは体温が下がるはずなのだが、どうも外は寒いのに体温が上がりっぱなしのようである。
布団などかけて寝られるわけがない。
そこで、大酒を小酒にした。
眠りにつくまでに、時間はかかるが、夜中に暑苦しい!ともだえることはない。
また、お酒を飲んで寝ると、お酒による麻痺感覚が抜けたときに、覚醒作用が働いて「お目々ぱっちり」のお目覚めになる・・・・しかも真夜中に。これがビールをたらふく飲んだとなれば、利尿作用が強いので、夜中に何度となくトイレに起こされる。
当然、寝不足になる。
さて、面白いことにある種のアルコール依存症であるが、これで夜に晩酌なしで寝ると、翌朝すっきりなのは言うまでもなく、睡眠導入のためのアルコールの役割に関しては、我慢して、どうやったら眠れるのか?と考えつつ、余計なことを考えて、凄い覚醒作用が働き、どうにもならない!と布団から飛び起きる。
窓を開けて、ピントの合わない夜空を見ていたら・・・・どういうわけか?眠くなってそのまま「ことり」。
布団をかけずに寝てしまったので、翌朝ぶるぶる震えながら起きる始末。
電車に乗って、ひざががくんとなる程に眠ってしまう時、なぜか?何駅か分しか寝ていないのに、次の電車に乗り換えるときにはなぜか?眠りからすっきりしている。不思議である。
長時間眠りから覚めないくらい寝ていたい!と思っても、眠る時間の限界がある。
あー、疲れたと言ってちょいと壁に寄り掛かってうたた寝をとすると、体勢が崩れて目が覚めて・・・という短時間でも眠気が取れる。
さて、それと同じくらいの食べ物に関する欲求を満たしてくれるものではないだろうか?
ストレスがたまってくると、なぜか?お腹が空く。
と、言って引き出しに鞄にしまってある焼き菓子をパクリと口に入れれば、気分が悪くなる。
気分が悪くなるとわかっていながら、どうにも食べたくてしようがない。
これが、街中を歩いていて起こると、よく立ち食いそば屋でかけそばを食べる。また、回転寿司で3皿か4皿程度口にする。街中を歩いていると目をつぶって歩いていない限りストレスがたまってくる。最近、人の歩き方の法則を発見したのはよいが、そんなこといちいち意識して歩いていたら、それだけで、100mに一件ペースで食事をしていなければならない。
NHKで放映されている「きよしとこの夜」にて「やさしい酔拳講座?」で足下よろよろの基本姿勢をまなんだ。足首を柔らかくしてつま先、右側面、かかと、左側面と体重を乗せながら足首を柔らかくしてぐるぐる回す。
これが、なんと通勤電車にて役立つ。
後ろに振られたらかかとをあげて、前にのめったらつま先をあげて、横に押されたらそのまま右側面、左側面と足の裏を移動する。電車の中で酔拳をやっているのはわたしぐらいであろう。
これは、足首だけ動かしていると、上体を押されたときに弱いので、股関節の力を抜き、肩関節やら、首の向きを調節して、ぐにゃぐにゃしていないとまずい。
満員電車では頭に来るが、鞄を肩にかけたまま乗っている野郎がいるので、これがよろけると真っ先に鞄が突きだして押してくるのだ、これを体をいなしてかわすのが実に楽しい。
よく満員電車にありがちなのが、ドア付近のドアからドアまでのすし詰めで、発進するときになると横方向によろけてすし詰めが解消され、座席方向に流れ出す。この流れてくる野郎の中に足下がふらついて倒れてくる者が
あるが、気の毒だと壁になって「どうぞ寄りかかってください」とばかりに支えてあげるのだが、耳元しゃかしゃかだったり、鞄を垂れているやろうだったりすると、さらっといなして、闘牛士のテーマなのである。まさに、ざまーみろ!とストレスのはけ口がそこに行くのであるが、もう、満員電車のマナーが悪すぎる。
わたしは、耳元シャカシャカよりもくちゃくちゃの方が地獄で、感じたら次の駅で下車。変換という作業を行うとなんでもかでも嫌な思いをせずにすむのだが、ガムのくちゃくちゃ、入れ歯のカタカタ・ヌチャヌチャ、女子高生の訳のわからない会話、ささやきから激しい会話へ・・・と変換できない。こんなところで爆発したら、それこそ、わたしが変質者になってしまうから、「どけどけ」とばかりに降りるのである。
最近、店で食事ができない。お客の入り率が少ない店に入りのんびりとする。
また、こういう時に限って、静かだから、後から入ってきた客の食事音が異様に目立つのである。くちゃくちゃと音を立てる野郎が多すぎる。年取ると口元が緩むからか?なのか?昔のじいさんはそんな音を立てることなどなく、逆に子供が音を立ててよく頬をめいっぱい張られたものである。
どうなっているんやら。
ま、書いてもストレスは解消されない。
にわか雨、午後にちらっと雨のマークがあったのかなー。
まったく、そんなもの関係ない。
午前中10:00頃に吹き降りの雨があった。これが前触れであったような気がする。
洗濯物を取り込まないで、放っておこうと思ったが、
どうもそんな雰囲気ではない。
急遽取り込んだ。
近所のうちでは放ったらかし。
その後、11:00手前だったか?
突然、すさまじい雨が降って来た。
まるっきり、ばけつをひっくりかえしたような雨であった。
洗濯物は部屋干しにして、得意の除湿器を回して12:00までには完璧。
と、思っていると、ほぼ、30分か40分かおきに、土砂降りだったり、吹き降りだったり、
なんという雨だ。
それにしても、雨が降った後は、すさまじい湿度。
現在、除湿器を部屋干し乾燥機に使っているので、
自分の部屋は窓も開けられず、サウナと同様。
汗はじとじとではなく、吹き出す。
雨が止めば、窓を開けて空気を入れ替える・・・のだが、すさまじい熱気が入ってくるのだ。これを受けると汗が出るのではなく、外気に触れて汗がくっついた感じになる。体中びしょびしょ。
着替えようかな?
そんなことはどうでも良い。
ほぼ熱中症に近い。水ばかり飲んでいたら、塩分不足になってもうろうとしてきた。
正座すれば脚がつる。
これはピンチである。
塩をひとつまみ、塩水を作って飲むと、ぬるま湯であるが、体が蘇ったような気がする。
そのまま、倒れた。
寝たような気がしないが、床が汗で濡れている。
すぐに拭いて、背中を見ると汚れているのだ。
床清掃を始めるが、頭がもうろうとしているところで、雨が降ってくる。
あちこち窓を閉めて。蒸す。
部屋干しゾーンはカラッとしている。
その他のところは、サウナゾーン。
はっきり言って修行しているようだ。
外に出てみると、なんとこちらのほうが涼しい。
体感温度で5度から10度は差があるように思える。
さて、高校野球も劇的なドラマがあったようだが、ところどころ、記憶にない。
サウナ部屋で意識が遠のいているのである。
さすがに、この暑さ、そして雨はいつまでに続くのやら・・・と夜まで、夜中まで。
おかげで、寝不足である。
そういえば、
テレビで最近の子供の能力とかなんとか、算数の問題での四則演算の乱れに注目していたが、
新聞記事は
学力テスト
漢字の読み方、言葉の選び方などに続いて、テレビでコメントを言っている人の言葉の選択の仕方にだって問題があるものはある。民放のアナウンサーの喋っていることはおかしいと思うものばかり。なんでフリーに会話しているのだ!
若者のそんなことは棚にあげて、
四則演算について、彼らは熟知しているのか?
そもそも、なんでかけ算、割り算を先にやったり、括弧()の中を先に計算してから、などとルールがあるのか?
そんなことは知らないだろう。
いきなり、これはこうだ!と暗記させるから、やったことを忘れるのであり、テレビでさんざん訳のわからない言葉が出てくるから、最近の子供はなどという、台詞をいうのである。
何が悪か?
などと考えるだけで、腹が立ってくる。
四則演算、数字と演算記号が並んでいて、そのドリルを解く。
そんなことばかりやっていたら、何をやっているのか?
訳がわからなくなる。
まずは、実際の話を取り出して、そこから四則演算を当てはめる。
そもそも、四則の定義そのものの話から入ったら、嫌われるだろうから、そんなことはせずとも、
Aが40円、Bが50円で合計・・・・40+50=90で、
Aが4つ、Bが3つでと条件が増え・・・・40×4+50×3=310で、630ではない、ということがわかるはずだ。
さっきの買い物をして、やはりBを一個返品した・・・310ー50=260
AとBを混ぜた状態で3人で分けると?・・・・6÷3=2
では?()は?
次の店で、
Cが300円、Dが450円であり、Cを3つ、Dを2つ買った。
そのとき、何か消費税を入れますのでと言われた。(今は税込み価格であるが)
(300×3+450×2)×1.05=1890・・・円となる。
消費税の計算は半分に割って、10分の1にしたのが消費税。それを加えると税込み価格になる。半分にして10分の1というルールがときどきわからなくなる。
たとえば、
19800の税込み価格は?
1980円の半額?
前から990円と割り算するのか?
2000円の半額は1000円で、10円を引く(余分の20円も半分にした)。
どんな計算方法があるだろうか?
税込み価格が
1980になるには?
1980円の消費税を計算する。
1980÷20で、99
そしたら、これを引いて1881。
これを目当てにすると、1881円の税込み額は1881+94=1975
見当外れもいいところであるが、実際は、1980円から1881円までの下がり幅の0.05との関係があるので、数表を厳密に見れば、このとんちかんな下げ方を考えない。
これを
19800円としたら、
19800÷20で990
引くと、18810だ。これの消費税を考えると940だから、足すと、19750だ。
さきほどの誤差は5円差だが、今度は50円差。当然、10倍したので、近い値として考えていたのに、10倍、100倍とすれば誤差もその分大きくなるのは当然である。
逆ギレすると、これを一生懸命考えても、税込み表示額制度になっているから、わざわざ値切るときに税込みでいくらになるように、税抜き額を微妙に計算することはなくなった。
しかし、税込み表示額になったおかげで、1円単位の計算が必要になっている。つまり、暗算の制度が細かくなっている。
スーパーで買い物をして、いままで40円、130円、など、1円単位の計算がなく、レジで20分の1計算をして、レジが叩き終わる前に金額を用意する強みがあったが、今度は、何百何十何円という3桁、4桁の読み上げ算・・・・頭使いますね。
なんとか、克服できないものか?消費税。
と、いうことよりも、そもそも何の話題だったのか?
しばらく、寝苦しい日々が続いています。
除湿器を買って、毎晩、除湿器フル稼働で夜中に2度水を捨てる。
これでは睡眠不足になるのも当たり前です。
ふと、考えてみると、窓を開けて、風を取り入れ除湿器を稼働させると、
外気の湿気を取っている、ということに気がついた。
暑いのは仕方なしとしても、湿度を克服するには?
寝る前に1時間、窓を全部閉めて、除湿器をかける。
そして、水を捨てて、
それから、寝る。
布団はカラカラになっているので、寝やすい。
そのまま寝たら?
と、普段、晩酌と睡眠のためを兼ねていたが、
どうも体調が良くないときているので、この日から晩酌は大幅に80%off。
タンクを気にすることなく、寝ることができた。
夜中、何度か寝苦しいからと起きるが、
なるべく、体を熱くさせないようにと、アイスノンを利用した、就寝が効果を出した。
起床はいつもながら午前4時。
それからは、除湿器をかけて、汗を取り除く。
今日の朝は、なんとなく、調子がよさそうである。
理科の勉強?
外気を取り除いて、空気中の湿度が、外気の湿度と同じくらいになるには、
どのくらいの時間がかかるのであろうか?
自身が汗をかいて、空気中に水分を発散するのは、いったいどのくらいなのか?
汗をかくというのは、体が熱いから、体温を下げようとする能力。
食事後、しばらくは、消化作業があるから、しばらく、寝てはいけない。
食事を早めにして、そして、安定した状況で寝れば、
ぐっすり眠れるのだろうか?
足つぼを刺激して、ぐっすり眠ろうと努力する。
寝苦しい日を克服するには、どんな方法が良いのだろうか?
と、ひとりつぶやく。
今日は、天気の悪い、海の日です。
海の映像を見ると、心理的効果で湿度が高くなったような気がする。
砂漠の映像がほしい。
ただし、暑そうです。
何がいいんですかね?
しばらく、こちらのページも更新が途絶えていたような。
梅雨突入で、雨ばかりの日がこれから続く。
今日は、朝から、とんでもない雨が降った。
最近、雨の中を歩くと、ふとしたことに気づく。
それは、傘を前にさしている人が多い。
当然、後ろ裾はびしょびしょである。
歩いてはねていると勘違いしているようだが、傘を上にさし、そして、前にさしていれば、
当然、雨のしずくが後ろ裾にかかる、というのがわからないのだろうか?
傘のもち手を自分の位置に持ってくれば自分が傘の中心になる。
さらに、自分が中腰になって、足を前に振り出せば、裾の濡れも少なくなる。
足だけを振り出せば、歩いているときに、後ろに流れた足が傘からはみ出るから、
また、濡れる。
足を前に振り出し、体を右に左にと一緒に振ると、
足と体とが、同時に進行するので、傘の中で足がもれる事はないと思うのだが。
傘は、自分の頭がすっぽり入るように、深くさす。
そして、体勢を低くすれば、その分、したたる高さが低くなる。
傘をさして、歩く時は、なるべく左右どちらかに障害物を置くと、
吹き込んでくる方に傘を向ければ防御できる。
壁伝いに歩くのは良い。
また、傘をさしている人の近くを歩くと、そのぶん、雨にぬれなくなる。
そんなことを考えながら、雨の中を歩いた事が・・・・と言っても。
わたしは、いつもつまらぬ毎日を、少しでもたのしく考えるように
過ごしているが、
はてさて、明日は何かおもしろいことに
巡り会えるかな?
露出する、
内なる物をさらけ出そうとしたいが、露出できないものが大きい。ここにこころの問題を当てはめると、露出したいのは肉体で、露出できないのがこころなのである。願望は、逆なのであるが、それができない。
露出していないと、
極力隠そうとするのだが、隠しきれいない物が大きい。肉体は隠したいが、こころは隠しきれない。願望は、肉体を出したいのである。
何かに似ている。
隠したいと思うと、隠しきれない。
露にしたいと思うと、実は、露にできない。
こんな不思議な現象に気がついたのはつい最近である。
平成から始まった露出、隠し、露出と来たファッション、時期は隠しの時期が来るのだが、
いつの間にか?これに抵抗するものが現れた。
なぜ?
と思うのだが、それは、「○○でなきゃだめだ!」の固定概念が強くなってしまったためである。
つまり、イメージというのは、なかなか砕くことができない。
その砕けないというのは、保身のためなのだ。
驚いたが、それが、小さい頃から、そんな感覚を持ち始めているというのは
この先の日本のクリエーターを失うことにつながる。
ファッションに敏感だから、頭が柔らかいのか?ということではないのであるが、
わたしの周りには不思議なことにクリエイター(独自性概念の持ち主)が多い。
時代に左右されているのを見ていると、
遅れた時計と表現するし、進んだ時計とも表現する。
この意味がおわかりになるだろうか?
自身は止まった時計と言うのだから、最初、こんな言葉を耳にしたとき、数式をはじいて
考えてしまったのだが、しばらく考えて、なるほど!とうなってしまった。
隠したい物が、隠せず、隠したくない物が隠されてしまう。
はだかの王様は、後で考えてみるとすごいお話であると、今思うのである。
ところで、冒頭の露出、
中盤の抵抗するもの、
よく、まあそんなことに気がついたものよ、と自分で思った。
今日のアメ横はやはり休日らしく、上りも下りも混雑していた。
足下には半べそをかいている子供があちこちにいる。
大人からすると、
「ちゃんと前向いて歩きなさい!」
「ほらー、こっちでしょ!」
と怒鳴り散らしているが、
なんでまたこんな混雑している中を連れ回すのか?気が知れない。
別の箇所では、
「ママ、おうちに帰りたいー」
と今にも土砂降りになりそうなお嬢ちゃんがいる。
大きな私であっても、早くお家に帰りたいよーと泣きたい気分である。
こんな中、男は赤ん坊を抱いて、この混雑の中を歩いているし、女は、ベビーカートを
畳んで引っ張っているし、
何を買う訳でもないのに、ただ、この混雑の中をわざわざ通過している感覚がわたしにはわからない。
アメ横で混雑している中、お札をばらまいているのは、年老いた親父ばかりである。
子連れの若年夫婦なぞ、買い物をしているのを見た事がない。
一体何しに来ているのだろうか?
子供の気持ちを考えた事があるのだろうか?
「上野に行くよ!」というと、
子供は「やだ!」
と拒絶反応を示す様になる。
そんなこと、おかまいなしなのには、一体どんな状態がおきているのか?
今の年代ではどうなのか?わからないが、親が上野に行くよというと、無条件反射が「動物園・・・パンダ」と連鎖させる。だから、子供時分は上野といえばパンダ、であり、帰りに駅前のやましろやというおもちゃ屋でぬいぐるみを買ってもらうのが
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